4.始まり②
「すみません、職質ですか?」
俺は流れるように話しかけた。
いきなり、話の輪に入ってきた奴の事なんて、あしらうか、同じく職質するかの二択だ。
だが、そうはさせじと止まらずに畳み掛ける。
「職務質問なら任意ですよね?警察官職務執行法第二条には職務質問は過去の犯罪について知っている者、あるいはこれから起こる犯罪について知っている者が対象のはずですよね?この子は明らかに対象外では?」
俺の言葉に警官は顔を険しくさせる。
「あのね…これは職務質問じゃなくて、保護っていうか、この子、家出かなぁって思って聞いてるんだよね」
(あっ、やっべ。間違えた)
普通に未成年の保護ならこちらに勝ち目は無し。というか、こんな事をしたら自分は職務質問を逃れられない。
まさしく、飛んで火に入る夏の虫!何て事をやってしまったんだ俺は!
早計だった。この子が親に怒られるとか考えなけりゃ良かった!この子の世間体とかそんな事考えなきゃ良かった!この子の事なんか見なきゃ良かった!
俺は奥歯を噛み締めながら顔に後悔を滲ませる。
「あ、あの…せ、成人してます」
遠慮がちに女の子が言う。
「え?」
「え、高校生だよね?」
警官達も思わず目を丸くした。
「うちの高校、十七歳からなんです…」
「はぁ?!そんなの聞いた事無いけどな」
「あのねぇ、あんまり嘘は付かない方が良いよ~?」
警官はどうやら信じない方針で行くようだ。
(というか、さっきから言葉遣いどうなってんだ…?)
一応、彼女の通う清輝学園の高等部は三年間だが、中等部は五年間だ。
この体制は戦前から堅持されてきたもので、保守的な思想を持つとされる清輝学園を含めた小石田グループの関連企業ならではの体制でもあった。
「じゃあ、証拠出してよ。証拠出してくれたら信じるからさ」
「いや、それは…」
「悪いけど、そんなに渋られたらこっちも親に連絡するしかないからさ」
これは交番もしくは派出所に連れていく流れだ。
この展開は不味い。「ここ寒いでしょ」とか「話しやすいところ行こうか」とかいって連れ込まれたが最後、交番や派出所の中は完全に奴らの戦場(フィールド)、親への連絡から、学校関係各所への通知も行ってしまう!
彼女にとっては計り知れないダメージだ。
(ここは仕方ない。奥義を出すか…)
不良ばかりの低偏差値の高校に通っていた俺は、風の噂で職質の話を良く耳にした。
職質事態の経験値は無くとも、警官の弱みは分かる。
そう、彼らが一番恐れている言葉。
それこそ------
「すみません、これ、未成年の保護でも、職務質問でも無いですよね?あんまりしつこいと、県の公安委員会に連絡しますよ」
そう、これこそが、職質回避術奥義『公安委員会に連絡しますよ』である。
職質で敬語が使われなかったとか、警官の態度が悪かったとか、そんな苦情でも、公安委員会の目に入れば上司の耳に入る。
そして、「あ、こいつは苦情来る奴なんだな」認定を受けるのだ。下っ端の巡査からしたらこうなると出世も望めず、きついはず。
これさえ、言えばだいたい下がる。
(さぁ、どうだ。下がれ、下がるんだ、下がってくれ!)
「え、いや、そういうのは…」
「う…」
どうやら、奥義は完全にクリティカルヒットしたらしい。警官はあからさまに苦しい顔をして居る。
「だって、法的根拠が無いでしょ?もう良いっすよね?行きましょう」
俺は彼女にそう声をかけると、警官に背を向けた。
「あっ、ちょっと!行って良いとは…」
女性の警官の方が咄嗟に声を出す。
その声に俺は振り抜いて鋭い視線を投げた。
「本当に何なんですか?公安委員会に連絡しますよ?今ここで」
女性警官はこちらをにらむように顔を歪ませる。
「もう良いですよね。それじゃ」
俺はそう言うと、足早にその場を去った。
「す、すいませんっ!」
駅から出る階段を降りると、後ろから声をかけられた。
振り返るとさっきの女の子が、丁寧に御礼を言ってから御辞儀をする。
「先程は、有難う御座いました」
どうやら、俺の後を付いてきたようだ。
「何か御礼をさせてくれませんか?」
「いや、別にただ単に警察の事好きじゃないだけなんで」
女の子の提案に、俺はこれ以上関わらないでくれという意味を込めて、変人アピールで返答する。
変な奴だと思ってくれれば御の字だ。
俺は君みたいな上層階級が関わって良い人間じゃない。
「それじゃ」
俺は背を向けながら左手を挙げる。
「…はい、有難う御座いました」
女の子は左手を挙げた意味が分からず、動揺したようだが、またも丁寧に、御礼を言い、深々と御辞儀をした。
「…はい、申し訳ありません」
二人組の警官の男の方が、耳に付けた無線機で通信を行っていた。
女の方というと、駅を行き交う人々に目をやったり、広告の看板に目をやったりと気だるげな態度をとっていた。
「…はい、どうやら連絡はしなかったようですが……はい…本当ですか?……分かりました。はい、分かりました」
通信先からの新たな任務を受け取った男は、歩きながら女に声をかける。
「行くぞ、新しい任務だ」
「あの女の子取り逃がしちゃったのは良いの~?」
女の疑問に男は方をすくめて見せる。
「仕方ないさ。向こうも気にしてないようだ。それに、思わぬ収穫はあった」
「何それ?」
「あの男さ。話しかけてきた奴」
「そいつがどうかしたの?」
「異能力者だった」
男の言葉に女は目を丸くする。
「嘘でしょ?野良?マジ?」
「恐らくな。新しい任務はそいつを捕まえろって」
それを聞いて女は笑った。
「ふ~ん、じゃあ仕返しが出来る訳か」
「言っとくが、眠らせるだけだぞ。それ以上はするな」
「分かってるよ~」
「どうだか」
二人組の男女はそんな事を言いながら駅の出入り口である階段を降りてゆく。
その頃、派出所には自転車を押した二人の警官がやってきていた。
駅と隣接した大規模なデパートへ通じる道の方に行っていた二人は派出所に入るとパイプ椅子に腰を降ろした。
「ん?」
一人の警官が眉をひそめる。
その警官が座っているパイプ椅子の前の机にはパソコンが置いてあり、そのパソコンは改札から出てくる人々を映す防犯カメラと繋がっていて、それの映像が流れていた。
「どうした?」
「おい、警官がいるぞ。駅の中は巡回ルートに入ってねぇだろうに」
二人組は駅から遠ざかっていた。
二人は派出所の警官ではなかったのだ。
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