14.煙霧

「局長~!デベソの意味分かったよ!」

私は局長の部屋のドアを開けながら元気良く声をかけた。

「そうなるのは……」

局長は一人で口を動かしていた。独り言でも喋っていたのだろうか、咳払いをすると、私の言葉に返事をする事無く、局長は口を動かした。

「ンッン…予算は付けよう。おもちゃだろうが、何だろうが作るが良い。ただ、条件がある」

「条件?」

拍子抜けした私の疑問に、局長は静かに答えた。




エホッ…エホッ

「君…人と話してる途中から、煙草吸ってただろう。気づかれたらどうするつもりなんだ?」

局長は咳き込みながら文句を言った。

「節電しててね、換気止めてるんだよ」

「そりゃあ、君にはどうでも良いかもしれんがね、私の部屋を煙草臭くしてもらったら困るんだ!」

局長は虚空に向かってそう叫ぶが、声は返ってこない。

「あぁ、それで?まだ話しの途中だったね…あぁ、あいつか。それがどうした?………別に、捨て駒にしようとは思っていない。ただ単に、重要視すべきではないという事さ。振り分けられるリソースの量は決まってるんだからね」

局長はどこかを見つめながら口を動かした。

時に手のひらを広げて、共感を求めるような仕草をしつつ、相手の返答や疑問に的確に答えている。

「……私としてはだね、あくまでも戦闘員向きでない異能力者にリソースを割くべきでないという方針であるだけだ。異能力を選別してる訳じゃない………あぁ、本部の要員に伝えておいてくれたまえ。とはいえ、どこも、カツカツだろうが……彼には通常の訓練だけを受けさせるつもりだ。安心したまえ、教官は最上級の質を誇る人物だ。例え、後方支援用員になったとしても、戦闘員になったとしても、それ相応の活躍をする。心配する必要はない。今までもそうだっただろう?…そうさ、その通りだ」

エホッエホッ

局長は自分の文句が聞き入れられていない事に腹を立てつつ、切り出した。

「さて、先程君が話してくれた…あぁ、それの信憑性は?露見する余地は無いと思っていたのだがね………ほぉ………忌々しい。同胞を狩るとは何たる侮辱だ。我らの闘争の意義を理解しないとは、洗脳でもされたのか?……あぁ、分かっている…」

局長はそう言いながら、一枚の地図を取り出した。

廃病院の構造とその地下構造、そして、そこから延びる地下トンネルが描かれたそれの各所を指差しながら、局長は続けた。

「敵の襲撃隊のやり口がどうあれ、研究設備は今週中に移動させる。もちろん、研究員もな。応戦は避けるが、何もしないというのは、余りにもお粗末だ。そのため、敵の襲来の際は…こちらで作成中の生物兵器を使う。……なぁに、元々研究が進んでいたものだが、何ぶん、意思を持つのでな。意志疎通が取れない等の不具合があって、今は隔離するしか無いのだがこれを襲撃時に解き放つ。まぁ、ビックリ要素くらいには成るだろう。出来ればそれ以上を期待するがね…」

局長の説明で相手はどうやら納得したらしい。

それ以上質問をする事無く、新しい話題を振ったようだ。

「……まさしく飛んで火に入る夏の虫じゃないか。面倒事に自ら首を突っ込むタイプは困るな……何?嘘だろう……本当なら……あぁ、凄いじゃないか!全部ひっくり返るかもしれん!」

局長は歓喜の声をあげた。

顔はわずかに紅潮し、活力が漲っているのが見て取れた。

「あぁ…もちろん、彼は死なせないようにする……あぁ…分かった。有り難う。ご苦労だったな。道中、気を付けるように…」

局長の部屋のドアが一人でに開いて、閉められる。

と、同時にむせ返るような煙草の煙が部屋中に現れた。

エホッエホッ…アッ…エホッエホッ…

驚いた局長が息を止めて、部屋のドアから出てきたが、それを確認する事も無く、音も無く、煙の主は立ち消えた。



葛藤による苦悶と食事が終わった頃、戻ってきた降川に連れられて、俺は寝室にやってきた。

寝室とはいっても、そう言う風に呼んでいるだけで、その内情としては客船の三等客室の焼き写しといったもので、二段ベッドに机と椅子が一つずつ、そして二段ベッドの隣に人一人しか通れない通路があるだけで、無理やり区画にスペースをとって作ったと言わざるを得なかった。

まるで戦時中の塹壕の中のような、息の詰まる感覚するものの、寝る場所も一人に成れる場所も用意されている事に、俺は少し安堵を感じていた。

「明日から朝六時起床、七時までに朝食を取り、訓練を開始する。何か質問は?」

「ありません」

「そうか。消灯は夜の九時、風呂は八時までには入る事。良いな?」

「はいっ」

「それではお休み」

「お、お休みなさい…」

降川はそのやり取りを最後にどこかへ行ってしまった。次に会うのは明日の朝六時くらいになるのだろう。

そう言えば、スマホも持っていた荷物も返してもらっていない。

対したものでは無いが、財布や大学の教材など手元に置いておきたいものはある。

(明日、降川…いや、降川教官に言ってみるか…)

ベッドの枕元に小さな時計が置いてあって、針は八時四十三分を指していた。

今日は風呂無しか。仕方がない。今日一日くらいは堪えようじゃないか。

(というか、寝巻きも無いの…かな…?)

色々準備が足りていないのか、何なのかは分からないが、他に着る者も無い。

俺はそのままの格好で横になった。

この二日間、本当に色んな事があった。

だが、何と言っても、自分が異能力者だと認識してから初めての夜だ。

対して、体は動かしてはいないものの、緊張し続けていたせいか、疲れが絶え間無く押し寄せてきた。

眠りに落ちるのに、そう時間はかかるまい。

(明日から頑張らないとな…)

走ったり、筋トレしたり……後は何やるんだろか。

何しても辛い事は間違いない。それでも、やらねばならないだろう。

生きていくためには仕方がない。

異能力者としての人生を、生き方を否応無く選んでしまったのだ。もう戻れはしない。

ベッドの上で襲ってきた睡魔に身を委せ、俺は眠りについた。

異能力者として迎えた初めての夜であり、始まりの夜であった。

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