13.矜持
「やっほ~!」
これが組織だ。組織はこういうものなのだ。余裕がない組織は特にこうなる。
足手まといを探し、味方のあら探しはがりに熱中し、無駄と断じて切り捨てる。
組織上層にとっては、私の考えは甘いのだろう。
「どだった~?!何話してたの~?!」
切迫する気持ちも、焦燥感も分からない訳では無い。逆に深く分かってしまう。
だからこそ、同じ気持ちを共有するからこそ、どうにか出来ないかと思ってしまう。
確かに、スタートラインの上では自爆するくらいしか戦闘能力が無いのは肯定しよう。
だが、まだ異能力の発展訓練も行っていないのに切り捨てるのは間違っている。
兵の鍛練とは、明日、明後日明明後日で結果の出るものじゃない。
コツの掴みが早い者、遅い者と様々だし、掴めない者だっている。それらをいちいち切り捨てて何が組織だ、何が共同体だ。
局長は今のままでは、戦闘ロボットを使わせてはくれないだろう。
ならば、認められるくらいまで私が奴を練り上げるしかあるまい。
「ちょっと~!聞いてるぅ~?!」
となると、基礎体力だけでなく、瞬発力も重視せねばならんな……
「聞いてんの?」
雑音でしかなかった声がいきなりドスの効いた声に変わる。
「え…」
「聞いてんのって聞いてんの?!」
クリスティーナは私を指差しながら、大きな声で叫ぶ。
「き、聞いてる…聞いてますよ…」
「なら、返事して?無視されんの嫌だからさ」
ぶっきらぼうに吐き捨てるクリスティーナは、かったるいとでも言いたげにのびをする。
「今は…普通なのか?」
「ん?普通って?」
「いや、いつも、ハイテンションだったろ?」
いつも、高過ぎるテンションとマシンガントークを辺りに振り撒いていると言うのに、今はどこにでもいる普通の人間の普通の口調だ。
「あ~、たまに戻んの。いつもあんなんじゃ駄目になるつ~か、今はダウナーって感じなの」
「そうか。局長がPTSDを疑ってたぞ」
「疑わせときゃいんだよ、あんな奴。どうせ、新入りの予算付けないんでしょ~?」
私は肩をすくめて、少し俯く。
「粘りはしたんだが…戦闘ロボットは使えないと」
「あれ、電気代やべぇからな~」
「だが、あれをやるとやらないじゃ、生存率に大きな差が出るんだよ…」
「そうは言っても仕方ないじゃん、あの局長だよ?通してくれる訳無いじゃん」
クリスティーナの言葉にうなずきたくなるのを、私をこらえた。
「分かってはいるんだ」
そう、分かってはいる。
今の白い六月にそんな余裕がない事を。
それでも、いや、だからこそ、一兵の質を底上げし、敵戦力の比重を少しでも軽くする。それこそが、有効な手段では無いのか。
「分かってもいても言いたかったんだ?」
「そうだ」
「何で?いつもなら二つ返事じゃん。新入りがきたら毎回お前、反抗期来るけどさ、何でなの?」
「何でって言われてもな…」
いつもの事務作業や、予算請求の際は、どんなに削られても文句は言わない。
真夏にクーラー無しでも、電気代節約で実験の時に出た廃材やゴミから作った燃料のランプでパソコン作業でも、入浴時のシャワー禁止からの撤去の際も、口出し一つしなかった。
そうあるのが、当たり前だった。
上が決めた事に黙って従う。それが、元居た場所で染み付いた当たり前だった。
それでも、いつからだろう。糸が切れたのは。
いつから、人の命というものに頓着するようになったのだろう。
「……折れたら…駄目だと思ったんだ…」
「折れる?」
「あぁ…」
つい、昨日の事のように思い出す。
何十人、何百人という人間を訓練を施した事を。兵士にした事を。
気の良い奴、言葉足らずな奴、コミュ障な奴、良く笑う奴、我慢強い奴、すぐ緊張する奴、口笛が上手い奴、誰よりも寡黙だが、履いている靴が綺麗な奴……
一つ、一つの命を兵士にした。育て上げ、一人前にして送り出した。
次会う時は、私より偉くなって会いに来い。
そんな風に送り出した奴の名前を、次に見たのは殉職者名簿だった事もあった。
それでも、一人一人に精一杯戦場に居きる術を、戦場に活かす術を、戦場を生きる術を叩き込んだ。
死ぬにしても、立派に、精一杯やって、死んで欲しかった。生き抜けとは、立場上、職務上、言えなかったから。
(きっと…あの時だ)
脳裏に刻まれて忘れられない、忘れてはならないあの日の記憶。
あの日が、私をここに立たせた。
「それじゃあ、戦場に送り出しても、満足に戦えない。死ぬ時に、これをやっとけば…何て思っても遅いからさ…」
私の仕事は戦う者を戦えるようにする事。それが全う出来ないなら、最後まで抗う。
(それが、職務を全うするという事だと肝に銘じて、生きてきたから)
「ふ-ん、ま、でも、駄目だったんでしょ?」
「あぁ、そうさ。言っても無駄なのにな…あ~あ、局長に嫌われちったかなぁ…」
私はやけくそになったみたいに柄にもない笑みを浮かべて、ぼそりと吐き捨てるように呟いた。
「プライドが許さなかったんだよ…」
下らないものだ。そんなもの、捨ててしまえば良いのに。
そう思ってもなかなか捨てられないものだった。
「良いじゃない?そのプライド」
クリスティーナの言葉に私は目を見開いた。
「お前って…そんな熱血系だっけ?」
「え~?結構、クールなタイプよ~、怒って女の子殴っちゃうどっかの誰かさんとは違って~」
茶化すように、腕を広げてクリスティーナは嘲るような笑みを浮かべた。
もうダウナーな感じは無くなったようだ。
「じゃね~」
そう言って、クリスティーナは局長の部屋へと、足早に去っていく。
「の野郎…」
私はその背中に悪態をつきながら、少しばかり、口角が上がっていた。
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