12.現実

数秒の沈黙の後、私は口を開いた。

「まずもって、重要なのは基礎体力であります。歳は二十歳でありますので、この点は多少無理をさせてでも獲得させるつもりであります。その上で、彼の異能力の特性である身体能力の向上を図ります。これについては、持久力の面で…」

「そういう事じゃなくてだね」

局長は冷ややかに私の言葉を遮った。

「私が聞いているのは、戦闘員にするのか、それとも後方支援要員にするのか、またはた、『団地』送りにするのか、という事だよ」

局長の言いたい事を私は瞬時に理解した。

つまり、使えるようにするのか、使えないと見るのかという事だ。

「第一級戦闘員にする事は難しいかと。後方支援要員が最適であると考えます」

「『団地』送りは無いね?」

「万に一つも無いと思われます」

私の回答が気に召したのだろう。局長は机の上で組んでいた手を離した。

「それは良かった。人材を腐らせる必要はないからな。昨今の人手不足は深刻だ。ぬるま湯に浸かって、意味もなく常人に溶け込むのは非生産的だからな」

「心得ております」

局長の心中は分かっているつもりだ。

局長は典型的な異能力主義者と言えば良いだろうか。とにもかくにも、使えない異能力に興味がないのだ。

元々の経歴は知らないが、研究組織の長として迎えられた以上、研究畑の人間なのだろう。

研究と一口に言っても多種多様ではあるが、全くの動きを見せない観察対象には目もくれないタイプで、目に見えて結果の分かる実験を行う部署には多額の予算をつぎ込むものの、時間のかかるものや、その発展性が低いと見た異能力に対する研究などは予算を付けないどころか、研究事態を中止させる事もある。

内山の場合、局長の中ではその発展性の低い異能力に区分されてしまうのだろう。

「彼に戦闘意欲は?」

「いえ、まだ何とも言えませんが、自分の異能力を知って、落胆しておりました」

「フッ、仕方のない事だよ。皆、出自と環境、持って生まれた特性は選べんからなぁ」

局長は鼻で腹で笑いながら同情するかのような言葉を述べた。

結局のところ、自身の管轄する研究所で画期的な研究や異能力の発展実験が成功して欲しいのだろう。

功名心でも何でも無く、ただ、発展に寄与したいとの一心でいるようだから、尚更質が悪いように感じられた。

上には上の景色、下には下の景色がある事は知っている。

だが、切り捨てられる事無く、上に行った者達が、切り捨てられる者達の気持ちが分かるのだろうか。

もちろん、運営上仕方がない部分もあるのは確かだ。研究部門は特に、戦闘部門より冷遇される。そのため、予算は一点集中した方が効率的というのは理解できる。

「局長、あくまでも、私見ではありますが、彼は一人前の異能力者となれるでしょう。我らの忠実で精強なる兵士となるはずです。彼はきっと、解放のための闘争において活躍する事は間違い無いでしょう。そのポテンシャルは持っています」

気休めで構わない。局長には局長の視点が、私には私の視点がある。私にとって最も重要視すべき点もある。譲れない部分もある。

(プライドだろうな、きっと…)

だからこそ、彼を見捨てるべき者として見られるのは阻止したかった。

「だから?後方支援要員に予算は付けんよ。元々あるトレーニングルームで十分だ。第一級戦闘員に成るのなら、話は別だがね」

「彼は第一級戦闘員になる事は出来なくとも、卓越した異能力の扱いを見せる可能性があります。通常の訓練では不十分と考えます。彼に、戦闘ロボットによるシュミレーションを受けさせてやってください。お願い致します」

私は頭を下げて懇願した。

あれをやるのとやらないのとでは、実戦での出来が違う。

何人もの異能力者が、第一級戦闘員として訓練された者が最も死ぬのが初戦だ。

その初戦を生き延びられるか、生き延びられないかで話は変わってくる。

これは、第一線に立つ戦闘員だけに限った話ではない。

後方支援要員も、時と場合によっては銃火に晒される。その時に、この訓練を行っているかどうかで命運が分かれるのだ。

…………ハァー

「カミカゼくらいにしか、有用性の無い者にリソースはさけん」

溜め息を吐きながら、局長は冷淡にそう言った。

「分かっているだろうが、一発の銃弾で死ぬのが普通だ。だが、世の中には死なぬ者が居る。そして、死なないだけで常人の数倍の活躍を見せる者が居る。彼はそれに成れないだろう」

「しかし…」

「本来なら人権など無視して、薬漬けにしてもしもの時の自爆特攻要員としても良いのだぞ。それくらいに我々は追い詰められているのだ。生かして組織の末席に置いてやるのだから、それ以上の贅沢は望むな」

食い下がった私に、局長はトドメと言わんばかりに言い放った。

実際そうだ。追い詰められている。

今日、今、この瞬間でさえ、敵の捜索網は迫ってきている。

今月は一体、何人同胞が表社会から消えたのか、把握する事も出来ない。対してこちらは、敵の施設を発見する事も、襲撃する事も出来ていない。

文字通りの八方塞がりだ。

「以上だ。もう行って良い」

局長の言葉に私は頭を下げると、回れ右して局長に背を向ける。ドアノブに手を伸ばして、回そうとしたその時、背中に声が掛けられた。

「安心しろ。戦闘要員にも、後方支援にも回せないなら、被験体とする。本体と違って、あの血には有用性がありそうだ」

身体中から冷や汗が吹き出したのは、この言葉に対する完全な拒絶反応だった。

「承知致しました」

私は背中を向けたまま返事をすると、すぐさま、ドアノブを回して滑り込むように部屋を出た。

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