9.教官
「まぁ……お前は戦闘部隊に送らないよう、上申しておく」
俺は自分の異能を告げられてから、半ば放心状態のところを、男に連れられて食堂まで来ていた。
食堂とは言っても、長椅子が四つにパイプ椅子が並べてあるだけの場所で、調理事態は別の場所で行うようだ。
「あ…有り難う御座います…」
「ただ、訓練は受けてもらうぞ。その能力なら尚更な」
「はい…」
俺は力無く最低限の返事をした。
食事はまだ運ばれてこない。まだ、相手に気を遣わせた会話を続けなくてはならないのかと思うと、心臓がぎゅっと締め付けられる。
何が異能だ。何が能力だ。
劣化じゃないか、明らかな。
何処の世界に自分で自分を燃やす人間が居るんだ?
イスラム世界の焼身自殺じゃあるまい。何の意味も無いただのクズが一人焼却処分されただけじゃないか。
「あの、大学とか、アパートとかって、どうなって…」
俺の口は無意識に逃げの道を模索していた。
(戻ったところで、何にもならないと言うのに…)
未来に展望も無い、やりたい事も無いそんなクズが今更……。馬鹿なんじゃないのか?
(それに、また捕まる気か?一応お前と同じ、異能力を持った人達何だぞ?人様を危険に晒すつもりか?お前と言うクズ一人のために?舐めるんじゃねぇよ…)
頭の中では、もう自己批判の言葉が湧き始めていた。
そうだ、その通りだ。
誰かの手を煩わせちゃいけない。
自分の始末は自分でつける。それが大人と言うものだ。
「残念だが、もう戻る事は出来ない。思い入れはあるだろうが、十中八九、敵に監視されている。持ち物を持ち出したり、親しい人間に別れを告げたりするのも、危険だ。諦めてくれ」
男は静かにそう告げた。
(口に出すより先に分かる事だろうが。馬鹿ってのはこれだから……)
母親とは最近、連絡を取っていなかったな。大学の友達とも顔を会わせていない。ゼミの教授には良くしてもらったな。面接に行く企業、アテンドしてもらえるんだったよな……何の恩返しも出来てないや…
振り返れば、振り返る程、自分の人生がちっぽけに思えてくる。
思えば、小学生、いや、幼稚園の頃から馬鹿だった。ノータリンだった。
平気で周りと違う事をして、常識はずれで、空気も読まずに、虐められて、親に泣きついて、良いところ無しだ。
中学に上がってからも、人を見る目は越えなかった。
一年の頃から、友達が出来ずに孤立して、不良達に目を付けられてボコられたっけ。
やっと友達が出来たと思ったら、俺の幼稚園からの幼馴染み虐めてた。傍観する事しか出来なかったなぁ……
思い返せば思い返す程に下らない。
(生きてる価値ねぇよ、普通に。客観的にも、総合的にも)
そう思えば、これも鷹と矢だ。
己の下らない人生の最後は、自分の血で大炎上。火だるまになって、身体が炭化して人生終了だ。
これで良いのかもな……
俺がそんな風に自分で結論付けた時、一際冷たい風が吹いたような気がした。
風と言うより、空気が通ったというか、何がが動いて、空気も送られたと言うか……
「何だか……寒いですね…」
「良く気づいたな」
「え?」
「ここは地下だ。この上に廃病院があってな、誰も管理もしてない、所有者も分からないって言う物件だ。隠れ家にはちょうど良いだろう?」
男は上を指差しながら、予想外の事を言った。
廃病院の地下。いかにも、怪談物に出てきそうなワードだ。
なるほど、全国津々浦々にある、いわゆる始末に困る建物という訳か。
(壊したりしたら祟られそうだし…)
「ちなみに、霊安室とかって…」
「あるにはあったが、死体は一つも無かった。もう設備は撤去されて、今は違う用途で使われている」
再利用したという訳か。恐れ知らずというべきか、なりふり構っていられないというべきか……ともあれ、狙われては居るのだし、彼らの感情からすれば後者の方が強いのだろうな。
(……そうまでして隠れなければならない相手に狙われている……という事なのか…)
廃病院とは言え、一度建てられた施設の地下を整備して、自分達の施設とするにはどれだけの資金と労力が居るだろうか。
彼ら…白い六月そのものに、それ程の資金力と労働力を確保できるとは、どうにも思えない。
モンテなんたらさんが言っていた同士同胞のための共同体の傘下の組織、それも、基地の建設などに特化した者達が居るのだろう。
(そういう能力…を持った人達が集まってたりとかするんだろうか……)
俺の異能がハズレだとして、能力ものあるあるの念動力、いわゆるサイコキネシスとか、炎を操ったり、雷を落としたりとか、そういう事が出来る人も居るのだろうか。
そうであったとしたら、世界の秩序などとうに崩壊しているのでは無いだろうか。
だが、現実にはそうはなっていない。
そういった異能力者が居ないのだろうか?それとも、戦力として育っては居ないのだろうか?
(どっちにしろ、現在の力関係としてこちらは獲物という事か……)
どうやら、俺は陣営的にはこちらに入るしかないだろうが、負け馬に乗ったらしい。
俺が一人考えを深めていると、後ろから近づく気配がした。
振り向くと、そこには大男がお盆で食事を運んできていた。
「accueillir」
大男はお盆を起きながらそう言うと、すぐに食堂を出ていった。
俺は何と言ったか分からず、大男の背中を振り返るしか出来なかった。
「歓迎するってさ。さ、食べろ。二日ぶりの飯だろう?」
用意された食事を目にすると、途端に俺の腹は空腹を訴え始めた。
(暢気なものだな、身体って言うのは)
降って湧いたように胃袋が食物を求め、腹の辺りの冷たさがより顕著になってくる。
これは早いところ、食べ始めた方が良さそうだ。
「それじゃあ、頂きます」
俺は手を合わせてお決まりの台詞を言うと、箸を手に取った。
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