41.英雄の影

目を潰せば、後は時間との勝負だ。

こっちが好き勝手に出来るようになったとは言え、異変に気付く奴が居ないとも限らない。

だから、不確定要素は確実に潰す戦略を取った。

まずは実験棟に居る研究員が何人でどこに居て、どんな実験を行っているかを把握した。

この時行われていた実験は三つ。

被験体を使った異能力応用実験、突然変異体の細胞移植実験、そして………被験体同士の戦闘能力判断実験だ。

異能力の応用というのは、この施設で何年も研究されてきた事だ。この施設だけじゃなく、他の施設でも実験と研究が行われている、全体として達成すべき事とされていた。

異能力はただ使うだけではなんの意味も無い。

必要なのは、社会における活用。それがこの施設……雲の上の方々の方針だ。

例えば、電気を発生させる異能力なら、何世帯分の電力消費を支えられるか、また、一分間でどれだけの電力を発生させられるのか、電気を発生させられる範囲は最大で半径何メートルか、電圧はどこまで上げられるのか、そういった事が施設では最も重要な事柄として認識されていた。

だが、異能力の応用実験はかなりの確率で異常事態が起きる。

実験によるが、異能力に応じて、電流を被験体に浴びせて刺激を与えたり、驚かせたりして防衛本能を活性化させたりして、異能力の幅を広げる…つまりは、被験体が持つ異能力の汎用性を上げるんだ。

不測の事態はこの実験が一番起きやすい。なんせ、どうなるかやってみないと分からないものだからな。実験はそもそもそういうものではあるが、異能力者や突然変異体は実験動物とは違う。

実験する側と同じだけの知能を持ってる。同じだけ考え、思う。その事を忘れて、限界を超えさせようとする実験なんかでは、被験体が暴走したりして、死者が出る事もあった。

下手に刺激を与えるような事は出来ない。

これは突然変異体の細胞移植も同じだ。自分とは違う遺伝子情報の元に作られた細胞が身体の中に入ってくる。

それだけでショックを起こして、死ぬ奴も居るんだ。気が狂って周りの機器を破壊しまくった奴だっていた。

全身を痙攣させながら、血反吐を吐いて…臓器系が全部駄目になって、一生流動食しか食えなくなった奴だっていた。

危険度で言えばこちらも同じけらいだ。

だから比較的安全に襲撃できる実験は、被験体同士の戦闘能力判断実験だった。

こっちはただ単なる殴り合いもあれば、一方的なリンチ、異能力を使った激しい攻防戦まで………選り取り見取りではあるが、それでも危険度はそこまで高くない。

被験体が思っている事は一つだからな。

「早く終われ」

その事しか思ってないさ。負けたら神経細胞活性化だので、電流流されたり、興奮剤やらエナドリレベル100みたいなのを飲まされて、脳味噌を叩き起こされる。

勝てば、報酬はないが少なくとも、負けるより悪くはならない。

被験体達は、相手を倒して早く終わる事しか考えてない。

殺す事も、倒す事も、戦闘不能にさせる事も考えてなんかない。

ただ事務的に身体を動かして、負けないようにしているだけだ。俺に言わせりゃな。

だから暴走する危険は少ない。

そう考えた。

今でもその判断は間違ってなかったと思う。

戦闘実験が行われていたのは、地下の闘技場を模した大きな実験室だ。

被験体がどんなに暴れても壊れないように、強化された建材で作られた壁に、障害物として上に上がったり、落とし穴になったりする床、発煙筒や閃光弾を投射する換気口兼発射口まで、研究者達の望むがままに作られた理想のステージだ。

しかも、赤外線センサーの完備されたカメラが、被験体の一挙手一投足を見るために壁や地面にまで埋め込まれてる。

これにはもちろん、総合的な観察…身体の部位によっての温度を図ったり、どこの筋肉が発達してるとかの観察という意味もあるが、それ以上に逃がさないという意思が感じ取れるものだ。

この実験をやる度に、対異能力者・突然変異体用の実戦部隊を配備するというのは手間だし、人員というのは少なければ少ないほど良い。

皆、それぞれの仕事をしてるんだ。

実験仕事してる奴らを護衛するのも立派な護衛仕事かもしれないが、コスパが悪い。

出来れば実験する奴らだけで事が済んだ方が、実戦部隊を別のところへ回せるんだからな。そっちの方が多くの事に手を回せる。

そんな事を考えてか、はたまた別の思惑があったかは知らないが、施設に実戦部隊は配置されずに、実験を行う研究者だけで、事が回るように出来ていた。

俺にはすこぶる都合が良い。

特別飛び抜けた才覚がある訳じゃない警備員と、逃げ回る事も出来ない研究者だけしか施設には居ない。

警備員は全員殺ったから、次は研究者だけだ。

計画は順調だったよ。






「闘技場って………どっちかが死ぬまでやらせてたり……した?」

私は躊躇しつつも、質問を投げ掛ける。

私自身はこれに参加した事はない。しかし、今思えば、参加していた可能性のある子が私の隣か、向かい側にいたかもしれない。

頻繁にガラスばりの部屋から外に出されていく子達はそうだったのだろうか?

一度部屋から出されたら、長いこと戻ってこない子達はどうだろう?

部屋に戻る度、泣きながら帰ってきた子達は?

彼らとは会話なんてしなかった。

ガラスケースの向こう側で、研究者と手を繋いで連れられながら、腕を捕まれ引っ張られながら、それぞれのガラスケースに戻されていくのを見ていただけだった。

別に私は何も出来ないし、何かしようとは思わなかった。

気力がなかった。

隣接するガラスケースと、対面するガラスケースなら、そこに居る互いの姿を見る事が出来る。

だが、声は届かない。せいぜい、ガラスを指でなぞって遊ぶだけ。

それが関の山だった。

それすらも、身体が大きくなるにつれて、入れられるガラスケースの質と大きさが変わってきてからは、互いの様子を見る事すら出来なくなった。

恐らく、成長するにつれて、自分の持つ異能力や変異した部位の機能を使いこなせるようになって、互いが互いに干渉する事や、連携する事を恐れたのだろう。

私の場合、連れ出したり、戻したりするための通路側に分厚いガラスが張られていて、その他は床も天井も壁も真っ白な無機質な部屋だった。

今思えば、精神病棟の保護室に酷似しているように思う。

変異した部位と、その機能が前例を見ないものであったために、観察するだけでなく、逃走及び自殺を防ぐための設備の揃った場所に隔離されていた私が、部屋の外の事や他の被験体達について思いを巡らせるには、あまりにも情報が無さすぎた。

(もしかしなくても、私が知らないところで、私の目の前を通った子が、私の隣に居た子が連れていかれて、戦わされていたら………)

今さらどうする事も出来ない。

だが、胸のうちに広がる不快感があるだけ。それも、思い出す度に発生する永久不滅の心残りにして、身体の外に出す事は叶わない燻る煙。

そんなものが今の私の胸のうちに息吹き、渦巻いて、私の身の内を焼かんとして、胎動する。

「死にかけ……半殺しに留めるようにはなっていたが……中には制御できない状況に陥った場合も多々あった。互いに傷付けあった末、出血多量で相討ちなんてのもあったくらいだ。こちらの意図に無い結果になるのがいつもの事だったよ。どんなに、博識で経験豊かな研究者が立てた予想でも、毎度外れてたさ」

吐き捨てるような言い草ではないが、降川は冷淡に言葉を紡ぐ。

「こっちは死ぬまではやらせないが……死ぬまでやる奴の方が多かったってのが、現状ではある。まぁ…これで君の質問に足る返答になったかな」

少し億劫そうに、躊躇ためらいにも見える、瞬時に脳内で行われる言葉選びによるよどみ。

降川にとって、良い思い出では無い事は想像がつく。

だが、余りにも、その言説は、返答には引っ掛かる部分が多かった。

私は降川を射抜くように、(自分が思う中では)目力を精一杯強くして、降川と目線を合わせた。

降川は私の視線をそのまま返すように、私の瞳を見返す。

「なんだ?」

「何か隠してるでしょ」

「何も」

降川は表情一つ変えずに、即答した。

射抜くような視線はそのままに、世の無情さをたたえるかのような無表情で、私を見つめる降川を、私は遠く感じてしまっていた。

目の前に居るのは、私の英雄。

けれど、私はその英雄の事を何も知らない。

光があれば影がある。照らす光あらば、陰る闇あり。どんな人が居ようとも、足元に影が延びる。

(言いたくない事が…あるんだろうな……)

私は目線を、降川の顔から首の辺りへと落とす。

「そう…じゃあ、続きを聞かせて」

知らない方が良い……のだろうか。少なくとも、突っ込んで聞く事でも無い。

所詮、この男は人殺しだ。私もその類いじゃないか。今さら何を隠し立てしていたところで、何を驚く事がある。

「……分かった。それじゃあ、地下の闘技場に着いてからの話をする。何事もなく……」

降川は私の求めに応じて、話を再開した。

これで良い。これで良いんだ。

英雄。それはずいぶんと都合が良い存在だ。

凄い事をした人、武勇に優れた人、巨悪に立ち向かった人、たくさんの人を救った人………………

クローズアップされないだけで、そういう人達にも後ろ暗いところが無い訳ではない。

こいつもその一人と言うだけだ。別に、どうという事はない。

私はそう思い込む事にした。

それ以外に、こういった問題への対処法を知らなかった。

解決した。終わった。そう思う事は、波風を立てない上では最善の策ではある。

しかし、心に晴れぬ霧が立ち込めるのは、精神衛生上、好ましい事ではない。

それでも、私はそう思う事にした。

飲み込むだけが人生ではない事は分かっている。抑圧されてきたから、自由なんて無かったから、そういう風に黙って、時が過ぎるのを待ってしまうのかもしれないと、思わない訳ではない。

知りたくはある。でも、それに意味などはない。

降川が本当の事を包み隠さず言っても、それが何になる。

結局は過去だ。変えられない。

(前を向くしかない。無理矢理にでも……)

私はそう思い、目線を降川の顔を戻した。

その顔は、壮健な顔立ちをしてはいるものの、どこか寂しさ、物悲しさを湛えているように見えた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る