19.検査③

「まぁ……君が覚えるべき事は主に三つ」

モンテなんたらさんは俺のちゃぶ台返し並みの質問に意気揚々と答えてくれた。

モンテなんたらさんは、こういう無知に自分の知識を教え、教養の種を撒く事が好きなのだろうか。

「一つ目として、筋トレして、走って、身体能力の高める事で、君の特性の拡張性が高まるって事だね。簡単に言えば、天井が高くなり続ける。それによって、君の身体能力は更なる向上を遂げる。だから、日々の訓練をしっかり手を抜かずに行う事」

「はい」

訓練をする事で力を強くするって事か。日々の訓練を行う上での目標として掲げるには、最適だし、自分のためにも異能力を強化する事は必要不可欠だ。

(どうせ、これから得体の知れない相手と命を取り合いをする訳だしな)

モンテなんたらさんは続けた。

「二つ目としては……まぁ、これは資料の四ページ三ページ目に書いてある事なんだけど……」

モンテなんたらさんは俺の手元にある資料に目をやる。

その資料はと言うと、隣に座る教官がめくりまくって勝手に目を通しているため、資料の三ページは俺の手に垂れ下がっていた。

「あ、あぁ、これですね…」

俺は垂れ下がったページの中から三ページを見つけると、モンテなんたらさんの前に出す。が、教官が目を通しているため、資料自体を動かす訳には行かず、モンテなんたらさんの前には持ってきたものの、右手で資料自体を支え、左手で三ページを持って、モンテなんたらさんの前にピンと張って見せるというお粗末な事をして見せた。

「あ~…降川~?今説明資料必要なんだけどさ~…」

「後少しだ。ちょっと待て」

教官はこちらに資料に目をやったまま、こちらを見る事無くそう言った。

十中八九、後少しで終わらない。たぶん、後三十分は資料に目を通し続けるだろう。

「はぁぁ…良いよ、内山君。もう資料無しで良い…」

モンテなんたらさんはそう確信したのか、資料無しで話を進める事にしたようだ。

「二つ目として、これは君の身体検査を君が来た日に行った時の解析結果何だけど、君の血は増殖するっていう性質を持ってる」

「ぞ、増殖?!ふ…増えるって事ですか?」

「そう、増えるの。それも養分も無しでね」

モンテなんたらさんは、手のひらを広げて見せた。

「ま、これは推測なんだけど、君の身体の中に居る血液は、通常と同じように働いているんだけどね、例えば切り傷だとかを受けて、出血した場合、身体は物凄い勢いで血液を作るんだと思う。何かトリガーになってるものがあると思うんだけど……外に出た血液が酸素に反応して増殖するとか、切り傷を塞ぐために血小板が使われて、血液内で減少したとか、そう言うので、血液の増殖ってのが起きてるとも考えられるんだけどぉお~……」

そこまで言って、モンテなんたらさんの顔が曇った。

そして、こちらを見つめて満面の笑みを浮かべる。

「それがねぇ!身体と切り離されたとかげの尻尾がにょろにょろ動くみたいにぃ、外に出た血液自体が増殖してぇ、あっという間に血の池を作っちゃうんだよねぇぇ?全く意味が分からにゃい!にゃあんでにゃあぁぁああ!!!」

眼孔を見開き、マシンガントークと共に、事態の説明に混じって意味不明な単語が飛び出す。

(あっ、キマったのか……)

たぶん、現状を理解できなくて、頭を捻り続けた結果、脳みそがショートしたのだろう。

前に話した時もそうだったのだろうか。

モンテなんたらさんは、せわしなく口を動かし、状況に対する推測を並べながら、変な語尾と単語を言いまくる状態になってしまった。

「普通、血液自体はただ身体の中にあるだけにゃあ!酸素運んだりぃ!傷口治したりぃ!侵入した細菌を捕食する機能くらいしかにゃいのにぃぃ?!!にゃあんでぇ!増しょっく出来るんだよぉぉぉぉお!!おかしいだろぉぉお!!うう~ん、異能はまだまだ奥が深いにゃあん?でも、分からないのは不快にゃあん……」

モンテなんたらさんは、一方的にマシンガントークを続けていたのに、いきなり、しゅんとしてうつむく。

いきなり叫んでぶちギレたり、急に落ち込んだり、情緒が激しい。

(心臓に悪いよ……主に俺のに……)

だが、こういう時はフォローをすべき案件である。目の前に頑張っている人が居たら「頑張って!」というのは逆効果だ。

こういう時は無責任に「大丈夫!」と励ますか、「そういう時もある」と寄り添うのが適切な行動であり、取るべき選択肢だ。

(二つに一つ……モンテなんたらさんにはどっちが効く……?)

無責任な事を門外漢に言われたら研究職に居る人間はぶちギレる。それは、当たり前だ。

頑張って成果が出ていないのに、「お前みたいな奴に励まされたって何にもならねぇよ!」と思うのは当然の事だ。

では、寄り添う方が適切かと言われたら、そうとも言い切れないのが実際のところである。

そういう事もあるといったら、「いつもそうだよ!」「何にも知らないくせに!」とか言われたらこちらとしてはぐうの音も出ない。

何せ、目の前で落ち込んでいるのは女子だ。その上、狂人だ。落ち込んでる女子の気持ちなんて分からないし、何が起きるか分からないし、どんな化学反応を起こして、俺に何かの拍子に飛び火してくるとも限らない。

(ど、どうすりゃ良いんだ……)

俺の脳内で瞬時に行われるシュミレーションは、どの選択をしても良い結果に結び付くとは到底思えないものばかりだった。

俺がどうしたものかと悩んでいると、モンテなんたらさんがうつ向いたまま、ポツリと呟いた。

「……我々の目の前に大いなる未知が横たわっているのだ……」

「え…」

偉人の名言だろうか。

誰が言ったかは知らないが、まぁ、そうだと納得できる言葉ではある。

これを自分の心情に寄り添う形で呟いたのか?

(マシンガントークのお喋りだったり、狂人だったり、ポエマーだったり、忙しいな、この人は)

俺はそう思いながら、笑みを浮かべてしまった。あるとんでもない台詞が頭に浮かんでしまったからだ。

「…モンテさん、貴女はメスを持ってるでしょ?切り開く力を持っていますよ」

こんなキザな台詞、本来なら柄にも無い言葉だ。俺の口からそんな言葉が出てくるはずはない。

それでも、つい、口をついて出てしまった。

その言葉にモンテなんたらさんは、顔を上げると、目を輝かせた。

「そう!そうだよね!私は持ってる!だって、研究者だもの!いやぁ、真っ暗闇の中に居たのが今では晴れ渡る太陽の下に居る気分だよ!ま、ここは地下だけどねぇ~!」

そういって、モンテなんたらさんは笑った。

「ありがと、何か、励ましてもらったの久しぶりって言うか、何か……新鮮…」

「あぁ、そうですか。まぁ、励ましになったのなら幸いです」

俺は顔を下げて、頭をかいた。

「あ、後ね…三つ目、これ結構大事なんだけど…」

「あ、はい」

モンテなんたらさんが言い忘れないうちにと言いたげに、やや前に身を乗り出す。

「君の血液なんだけど、他の人間の血液と混ざると、その血液に侵食するの。つまり、君の異能は他者に付与可能って事!」

「え…」

俺は目を見開いて顔を歪ませる。

「す、すみません…じゃあ、俺輸血とか…」

「う~ん……まぁ、もう行く事無いだろうけど、駄目だね」

やってしまった。完全にこの世に自分と同じ異能力を、特性を持つ人間を産み出してしまった。

(大学一年次に…興味本位で行かなけりゃ……)

「……あの、その……」

「何?」

「異能力っていつ芽生えたかとかって…」

「分からないよ」

即答有り難う御座います。

恐らくですが、この世には私と同じように、血が燃えてしまう人が確実に居ます。

(申し訳ありません。本当に。不可抗力と言うか、仕方がない事なんです、知らなかったんです。許さないで良いです)

今日、また、俺の背負わなければならない業(カルマ)が一つ増えた。

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