038 初ダメージ

 あれはたしか、20代後半の時だったか。人生で初めて骨折した(といっても、自損で左足の中指1本だが)。しかし、当たりどころが悪かったせいで、中指の爪は全部がれた。あれほど大量の血を見たのは、小学生の時、母親のカミソリを遊び道具に使っていたら、ツルッと持ち手がすべり、もう片方の手の指を勢いよく切ったとき以来かもしれない。カミソリの切れ味って、すごいよな。さすがに、自分で自分の指を切り落としたかと思ったぜ。……だとしても、反省すべきは点は、俺自身の悪ふざけでしかない。


 母親が運転する車で町医者へ向かうとちゅう、激痛のせいで冷や汗がとまらない俺は、顔面蒼白がんめんそうはくとなり、軽い失神しっしんをくり返した。のちにメス野犬やけんに右手を噛みつかれたときの傷も、手のひらに残っている。俺が中学生くらいまで無責任な飼い主が多く、地域のあちこちに野犬がうろついていた。むしろ、野良猫のらねこを見かけるほうが少なかった。


 足の指に話しを戻そう。整形外科の担当医いわく、新しい爪はえてこないという診断をくだされたが、しばらく経過すると、分厚くてかたちの悪い爪により完全再生された。


 高校生の頃、夜道を自転車で走行中、なにかに乗りあげ派手に転倒したことがある。からだは宙を舞い、街路樹がいろじゅに激突したが、あざができる程度の軽症だった。自転車のハンドルは曲がってしまい、修理が必要だった。ちょうど、家の外にいた知らないおばさんに目撃され、青ざめて「だいじょうぶかい」と声をかけられたのを覚えている。雪が降ったあとの坂道などで靴底がすべって尻もちをついたときも、恥ずかしい場面にかぎって、誰かに見られてしまうオチがついてくる。……俺的には、そっとしておいてほしい。どんなに痛くても恥ずかしくても、しれっとした顔を作り、「平気です」としか言いようがない(強がるしかない)。


 とくべつ痛みに弱い体質ではないと思うが、怪我や事故を立て続けに経験すると、気分が滅入めいる。一難去いちなんさってまた一難のループから抜けだせない人生ってのは、ツラすぎる。良くないことが起きたあと、必ず良いことが待っているというはげましは無意味だ。迷信のたぐいは俺には通用しない……。



 巨大なカメレオンから女性を救出し、安全な場所へ避難させたキルクスは、俺の元まで引き返してきた。


「ブレイクさん、だいじょうぶですか!?」


 ……ああ、平気だ。と言うべきところだが、脇腹わきばらに攻撃を喰らった俺は、片膝をついて顔をしかめた。

 


✓つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る