005 いちおう自立している

 言っておくが、俺は完全なる無職ではない。派遣会社へ履歴書を提出し、雇用名簿こようめいぼに名前を登録してある。つまり、適度に仕事の連絡をもらい、なんとか家賃を滞納たいのうせずに払えていた。体力のおとろえはいなめないが、まだまだ現場に立つことはできる。貯金ちょきんは少ないが、節約せつやく生活も悪くないと思っている。……ところが、


 中学時代の同級生・安達あだちと偶然スーパーで再会した俺は、そいつが制作したゲーム[リージョンフライハイト]の管理人マスターという仕事を(その場の流れで)引き受けたが最後、毎日まいにち、スマートフォンから目が離せない日常におちいった。食事や風呂といった最低限の生活時間以外、ゲーム画面をながめている。むろん、仕事に行く余裕よゆうもなくなり、派遣会社には契約解除の電話をした。


「こんな生活、いつまで続くんだ? このゲーム、飽きたやつは去って行くだけだが、新規で始めるやつは、これからだっているだろうし……。配信がストップとか終了しないかぎり、プレイヤーは減らないよな。これってまさか、エンドレスってオチか?」


 このまま一生いっしょう、アパートの片隅かたすみで安達の言いなりに……。


「冗談じゃないぞ」


 俺にだって、やりたいことくらいある。コツコツ金を貯めている理由は、全国を旅する費用である。小さい頃から日本史が好きで、観光地ではなく、知る人ぞ知る史跡しせきを調べて散策さんさくする。それが、いつかかなえたい夢だ。いきなり病気になって体が不自由になったとしても、貯金は治療費に使えるから無駄むだだったとは言えない。それに、生きてさえいれば、ちがう希望を見つけることができる。夢は、叶わなかったからといってあきらめるものじゃない。いつだって、好き勝手に思いえがいてきたはずだ。自由な発想こそ、誰にも邪魔されない、唯一無二の希望であり、個人の夢だ。


「……また、勇者のイベントフラグか。こんどはどんなやつだ? 昼間からゲーム三昧ざんまいとは、ひまなやつらばっかだな」


 開発者側の画面では、総プレイタイムを見ることができる。リージョンマスターもしかり。俺が担当するイベントに突入する連中の多くは、三桁に近い。よくもまあ、貴重な時間をゲームのために使えるもんだ。[リージョンフライハイト]は、バッドエンドに誘導されるクソゲーだぞ。関係者のみぞ知る説明書にそう記述されていたからまちがいない。ついやした時間を返せとうったえる連中が出てきても、おかしくはないが、それまでにゴールドコインの恩恵おんけいを受けているから怒りをあらわにできないのかもな。


 最初の簡単な条件をクリアすると、かならずゴールドコインが手に入る。無一文むいちもんではなくなった瞬間、プレイヤーは達成感と共に、コインを集めたいという欲がでるわけだ。リージョンマスターによって、イベントの必勝法を口外するやつがいるようで、なんとなく不公平なシステムだ。俺は指示書どおりに案内しているが、たまに、気が合うやつがいると、つい裏情報をバラしたくなる気持ちは、わからンでもない。


 ……って、なに語ってんだ俺は。ほら、来たぜ。仕事だ仕事。


  

  →ヒントを開示する(ピッ)


 

 こんどのやつは、リージョン移動を実行する前にヒントを読むようだな。じっくり確認してくれ。そのすきに、俺はトイレに行ってくるぜ。 



✓つづく

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