037 サービスシーン

「わあ、きれいな川ですね。これなら、水浴みずあびできるかなぁ」


 水辺みずべにしゃがみ込み、水質を確認するキルクスは、無邪気な少年である。俺たちはゲームの世界の住人といっても、生身なまみの人間と変わらない。腹も減るし、眠くもなる。もちろん、排泄はいせつもする。


「おい、キルクス。悪いが、水浴びは最後にしよう。まだ、ジャングルは奥につづいている」


 したがって、危機感ききかんは常にある。いつ、なにが起きても、こんなところで死ぬわけにはいかない。まして、ゲームの中の出来事だからといって油断ゆだんしては、現実に悪影響を及ぼしかねない。これでも、俺なりに[リージョンフライハイト]のシステムは楽しんでいるつもりだ。ちょっとした冒険者気分になっている。


 ……探検家か?


 まあ、どっちでもいい。俺とキルクスはジャングルのボスを倒しにいく。レベルの底上げとゴールドコイン、ダンジョン限定のアイテム収集を目的として歩きまわり、数時間が経過した。


 さすがに疲れた……

 少し休みたいが、

 ボス戦は近そうだな


 親切なゲームだと、ボス戦の手前に体力を回復できるセーブポイントが配置されていたりする。だが、俺たちが攻略中の[カメレオンジャングル]では、マップ内にセーブポイントがひとつも存在しない。つまり、体力がゼロになってしまうと、これまで入手したアイテムも経験値もゴールドコインも、すべて消えてしまう。もったいない真似はできない。そう、そんなもったいない真似は……。


『キャアァァーッ』


「ブレイクさん、今のは!?」


「キルクス、待て!」


 突然、ジャングルの奥から女性の叫び声と、バリバリッ、ビタンッという、物騒な音が聞こえた。NPCの音声のような気もするが、モンスターに襲われているところを助けることで、貴重なアイテムが手に入ったりするのが[リージョンフライハイト]のパターンにつき、俺もキルクスの背を追うかたちで、声が聞こえたほうへ向かった。すると──。


「ブレイクさん、あそこ!」


 先に現場の目撃者となったキルクスは、数秒ほど遅れて到着した俺をふり向くなり、青ざめたり、カァッと赤くなったりしている。(なんだ?)と思いながら少年が指差すほうへ視線を移すと、巨大なカメレオンの舌に巻きつかれた女性キャラクターが、苦しげな表情を浮かべていた。それから、逃げるときにスカートを破かれてしまったのか、下着姿である。

 

 ピンクの花柄はながらか……


 上着は身につけているが、下半身がパンティー1枚の状態だ。ブーツは履いている。念のため。肌色の生足なまあしが、やけにまぶしい。これは、いわゆるサービスシーンなのだろうかと、一瞬(本気で)血迷った。いっぽうキルクス少年は、女性を救出すべきだとまとも、、、な意見を発する。俺は「ああ」と短くこたえ、ミスリルソードをにぎると、カメレオンの背後へまわり込み、まずは横腹よこばらを軽く切りつけた。硬い表皮ひょうひに刃が当たると、火花が散る。


 俺の存在を攻撃対象と認識したカメレオンは、大きな目玉でギョロッとにらみつけるなり、方向転換した。その際、長い舌で絡め取っていた女性を地面へ落とした。すぐさまキルクスが走り寄り、安全な場所へ誘導する。


「ほらよ、どうした? いつでもかかってきな」


 なんて、決めゼリフを吐くと余裕そうに見えるだろう。女性キャラクターを前にして、恰好かっこうくらいつけたほうがいいだろうと思ってな。実際、カメレオンは特殊能力を保有しておらず、戦士の剣が通用する相手につき、俺は正面から挑発した。



✓つづく

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