032 ひと休み

 ゲーム内で過ごす初めての夜、俺は[キルクス]と名乗る少年(見た目が少年につき、子どもと見倣しておく)と、[リージョンフライハイト]のシステム上、どの村にも配置されている休憩所(いわゆる宿屋やど)に泊まった。部屋の鍵を受け取り、こじんまりとした室内にふたつ並ぶほこりっぽいベッドを見たとき、目が覚めたら現実に戻れますように……なんて、ありきたりな願いごとが脳裏のうりをよぎった。天井の四隅よすみに、獲物が引っかかるときを待つ蜘蛛が、見事なあみを完成させている。ちなみに、縦の糸はネバネバしないらしい。


「……よし、俺が手前のベッドを使うよ(防犯のため、子どもは奥に寝かせたのほうが安全だろう)。……なんだ、衝立ついたてが置いてねぇな。主人にいて、用意してもらうか?」


「男同士ですし、だいじょうぶです。ブレイクさんって、気配きくば上手じょうずですよね」


「そうか? ふつうだろ」


 ドサッと、ベッドの端に腰をおろした俺の脇をとおり抜けたキルクスは、手荷物の中から燐寸箱マッチを取りだし、サイドテーブルの洋燈ランプに火を点けた。微弱なあかりが室内を照らす。ここがゲームの世界でなければ、バーベキューや花火を楽しみたい雰囲気だ。日常とかけ離れた世界にいることを改めて実感した。


 ふう、疲れた。今夜はもう

 休むとしよう。朝がきたら

 今後について、キルクスと

 相談しなきゃな……

 明日もゲームの世界にいたら

 生き抜くことを優先しよう

 

 ベッドに横たわると、むやみな緊張感から解放され、まぶたが重くなる。キルクスとは[仲間のきずな]のアイテム効果により、互いに近くを離れることはできない。少なくとも、左手の指輪を無理やり外せば、余計なダメージを受けるため、ふたりがそばにいる、、、、、ことで、身を守ることができた。裏切りは許されない。アイテムの利点は、他者と短いやりとりで信頼関係をきずかせることかもしれない。俺もキルクスも、どちらかが裏切るとは、これっぽっちも考えていなかった。


 無条件で信頼できる人って

 たまにいたりするよな

 ありがたい存在ほど、

 絶対数が少ない


 キルクスとは数時間前に知り合ったばかりだが、せまい空間にふたりでいて、窮屈きゅうくつに感じたり、不快に思うことはない。自分の過去を知らない存在だからこそ、下手な先入観をもたれる心配はなく、いつわりなく接することが可能だ。俺とキルクスのスタート地点は、同じ線で結ばれている。いつ切れるか、あるいは、世代を越えた友情が芽生めばえるのか、それは俺たち次第なのだ。



✓つづく

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