025 ゲーム転移

 これは[夢]だ、と、わかるときがある。時々ときどき、夢をみていると気づいても、そのままの状態がつづくといえば、なんとなく伝わるだろうか。なにを突然とツッコまれそうだが、今まさに、そんな夢をみている俺がいる。



「……うん? 夢じゃない?」


 

 無地のコットンシャツに、デニム(くつは履いている)姿の俺が、ぼんやりたたずんでいる。田舎いなかの広場といった景観だが、そよ風に前髪が揺れる感触に、ぎょっとなる。ありきたりの反応だが、自分のほおを軽くつねるとズキッとした。


「痛い……。お、おい、ここはどこだ? ド田舎にきた覚えはないぞ……」


 急展開すぎて洒落しゃれにならない。直前までプレイヤーとして[リージョンフライハイト]にログインしていたが、寝落ちでもしたか? 


 れ、冷静に考えろ。

 これは夢だっての。


 深呼吸をして、混乱しかける頭を落ちつかせたが、現在の俺は丸腰まるごしにつき、村を調べるにしても危険が伴う。まずは、定番の酒場で情報収集といこうか。冒険者の基本だよな。多くのリージョンに共通して配置されている酒場は、いわゆる西部劇に登場するような木造の構造つくりで、常に人が集まりやすい。『いらっしゃいませ』というバーテンダーとカウンター越しに目が合った。頭の上に、名前は表示されていない。俺以外の人物は、[リージョンフライハイト]の公式キャラクターばかりである。初期設定で選択した髪の色や体型は、クリアするまで変わらない。等身はまばら、、、で、長身の部類の俺より高いやつもいた。


「夢、だよな……?」


 迷い込んだ先はゲームの中でした、なんてオチは、アニメとして観るぶんには愉快だが、実際に起きてほしいとは思わない。あわい期待をしてもむなしいだけだ。リアルだろうとバーチャルであろうと、生身なまみの人間が生きていくうえで必要な要素は変わらない。苦労は買ってでもしろという親世代の教育方針は、不快でしかなかった。むしろ、生まれもつ才能は後世で必ず役に立つ。誰かに強要されて身につけた能力は、正しく発揮されずに終わる。


 というか、武器をもたない俺は、まわりからどう見られているんだ? 村人Aか、異邦人か、まさか人型エネミーってことはねぇよな……。


 いかん、急に不安になってきた。あきらかに不自然で異質いしつな俺は、むしろ、人が集まる場所を避けるべきだったのかもしれない。にわかに、壁ぎわのテーブル席がざわついている。からまれる前に立ち去ったほうがいいだろう。クルッと方向転換した俺は、デニムのポケットに手を差しこんだ。チャリッと音がして引き抜くと、数枚のゴールドコインが出てきた。


無一文むいちもんだと思ったが、少し所持金があるのか」


 ファンタジー世界の住人ならば、武器や防具、余裕があれば回復系アイテムは必需品ひつじゅひんである。情報収集を後まわしにして、道具屋を探すことにした。村を歩いていると、小さな看板を発見する。たいしてひろくもない村につき、購入できるアイテムもゲーム序盤じょばんクラスのものしかない。それでも、手ぶらよりマシだろう。


「セラミックソードと胸当むねあてをくれ」


『毎度あり。お客さんは戦士かい? 冒険者の窓口なら奥だよ』


「……どうも」


 ふだん着の俺をみて、あっさり戦士だと見抜く道具屋の判断基準が悩ましい。もしかして、ここの[リージョンマスター]か?


 ひとまず、その場で胸当てを着用し、ベルトの隙間に剣を差した俺は、中学時代、体育の授業で体験した剣道を思いだした。30年後に本物の刀剣を手にするとは、夢にも思わなかった。



✓つづく

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