016 コスチューム③

 コスチュームで思いだしたが、かれこれ30年近く前、ウチの庭に下着ドロボウが入ったことがある。当時、なかなかかしこい大型犬を飼っていたが、犯人は餌付えづけでもしたのか、庭に放し飼い状態の番犬をよそに、屋根の下に干してあった母のブラジャーやパンツを盗っていった。親父と俺のブリーフは残されていた。……今でこそボクサーパンツを穿いているが、10代前半まで、白のブリーフしか買ってもらえなかった。学校の健康診断があると、だいたいクラス全員がブリーフだと判明した。トランクス派は、高校になってからポツポツとあらわれたおぼえがある。


 下着ドロボウの件だが、母が警察に被害届を出したところ、近所の人たちも同様の被害にっていたことがわかった。最終的に犯人は捕まらなかったが、目星めぼしはついていた(犯人の身柄みがらは、諸事情により非公開とする)。


『おい、ファーレン。ちょい待ち』


 過去を語っている場合ではない。俺はリージョンマスターとして、ファーレンをサポートする役目がある。とりあえず、貴重品の伝統下着ふんどし姿をほめておき、勇者にふさわしい恰好かっこうは、ありのままではないかと助言した。ファーレンも『そっスね』といって、遊び心のある貴重品を(すんなり)外した。グラフィックとはいえ、男が男に尻を向けるシーンがあるのかよ。つい、生身なまみのファーレンとかさねて見てしまう自分をひそかにいましめた。


 さて、俺とファーレンは戦士キャラクターにつき、レザーアーマーとブーツは同じ初期装備だが、扱う武器がちがっている。


『ファーレン、パラライズソードしかないのか』


『リージョン移動する前、ミスリルソードを回復系アイテムと交換したっス』


 なるほど。勇者イベントにそなえたつもりだったのか。しかし、ドロニュルは、すべての状態異常に耐性がある。ファーレンの武器は、攻撃時に麻痺まひの追加効果があるものの、人型のモンスターにしかかない。攻撃力の数値は悪くないため、どんな武器だろうとクリアは可能ラインだ。


『見ろ、あそこに人が倒れている』


 これは、何度も会話画面に打ち込んできた科白せりふだ。俺が指さすほうへ向かうファーレンは、傷ついた村人をしっかり手当てした。……よし。ベストクリアの条件をひとつパスしたぞ。その調子でがんばれ、ファーレン。


『ブレイク、この人どうしよう?』


『安心しろ。怪我人けがにんは俺が引き受ける。おまえは、ドロニュルをなんとかしてくれ』


 村までの距離は、目と鼻の先だ。まっすぐ走れば、3体のドロニュルが出現する。数ターンで倒せれば、ふたつ目の条件も達成だ。次は、頭を悩ませる選択肢がでる。うまくベストアンサーをチョイスできれば、最後の試練に挑戦できるって流れだ。


 頼むぜ、ファーレン

 ハッピーエンドを目ざして

 道をまちがえてくれるなよ


 正直にいうと、そろそろプレイヤーの未来に期待したい。いつまでもバッドエンドしかたどり着けない連中を見送るのは、俺としても気分が悪いって話だ。安達によると、まだひとりも[リージョンフライハイト]のプレイヤーはハッピーエンドを迎えていないらしい。開発スタッフ陣は、プレイヤーの動向を把握はあくしているようだ。どうやったらわかるのか不明だが、いちばん最初にハッピーエンドを迎えるキャラクターが、俺の知り合いだと、なんとなくうれしくなる。ファーレンがだめでも、[レンド]がいる。俺はリージョンマスターだからな。そんなに勇者の称号がほしけりゃ、何度でも挑戦してこいよ。

 


✓つづく

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