027 限定イベント

 油断ゆだんしていた。


 これは夢だと思いながらも、五感は正常に働いているわけで、それなのに俺は[マグマの遺跡]に足を運んでしまった。


 ……暑いなんてレベルじゃない。息が苦しい。吸いこんだ熱気で咽喉のどが焼けそうだ。ベルトに差した剣は、なぜかひんやりしている。もしや、水属性の武器なのか? 


「引き返すべきだろうか……」


 今なら、まだ間に合う。道具屋で手続きした際、引き返すこともできると説明された。事前の装備をまちがえた挑戦者は、いったん村に戻って作戦を変更するという選択肢が与えられているようだ。しかし、俺的には[仲間のきずな]を入手しておきたい。リージョンごとの限定イベントには、ベストクリアの条件を満たしたプレイヤーにだけ、貴重品アイテムがゲットできる。つまり、クリアするまで何度でも出直すことは可能だが、その回数によってゲットできる戦利品のランクが落ちていく。


「まいったな。このまま行くか?」


 岩山をけずって城塞のように見える遺跡は、なかなか迫力がある。全体的に赤い色味いろみのダンジョンだ。俺は長袖ながそでのシャツをひじまで捲り、いかにも敵が待ち構えていそうな大門へ近づいた。


 周囲に誰もいないのは、現時刻のプレイヤーがゼロだからではない。[リージョンフライハイト]のシステム上、NPC以外のキャラクターは、主人公の足取りを追うことができないようになっている(個別ルートが発動する)。もともと、ひとりで遊ぶ用のゲームにつき、パーティー編成といった画面は存在しない。ただし、[仲間のきずな]のような貴重品を入手すれば、プレイヤーがバディを追従させることができる。むろん、貴重品の効果を受けつけないリージョンもある。使いどころはかぎられていたが、現状が夢だと思いたい俺としては、誰でもいいから理解者がほしい。


「うおっ、危ねえ!」


 ゴバッと、地面から火柱ひばしらが上がり、接触しそうになった。……そういや、熱風を浴びてるってのに、たいして汗をかいてねぇな。視覚効果や体感は妙にリアルだが、汗がダラダラ流れるわけではない。


 やはり、これはまぼろしか? 


 ゆっくり遺跡の内部へ歩いていくと、[岩ガニ]という爬虫類のモンスターが出現した。体長30センチくらいのかにで、魔法に耐性があり、通常攻撃が有効である。


「なんか、罪悪感があるな……」


 ミスリルソードで切りつけると、裏返って倒れ、10本のあしをバタバタさせたあと、口から泡を吐いて消滅した。ズワイガニとタラバガニって、足の数がちがうンだよな。……なんて、戦闘中に余所事よそごとを考えてしまった。岩ガニや岩ヘビといった雑魚敵ざこてきを倒しながら奥へ進むと、ずらりと火柱が並ぶ長方形の空間にたどり着いた。


「状況的に、ラスボスが登場しそうだな」


 火柱に注意して戦う必要があるため、なるべく視野がひろく取れる中央付近へ移動すると、天井てんじょうくずれ落ちてきた。


 ガラガラッ、ドォーンッという轟音ごうおんのあと、土煙つちけむりの中から、炎で赤く燃える眼が俺をにらみつけた。


「ファイヤーマンか。いくら敵とはいえ、人型に剣を振りかざすのは、緊張するな……」


 もはや、リアルすぎる夢だと割り切るしかない。相手が俺を排除の対象として襲いかかってくる以上、倒さなければこっちがられる。悪く思わないでくれ。


「どこからでも、かかってきな」


 ロールプレイングゲームの主人公らしく、敵を挑発してみた。今の俺は、レベル50以上あるはずだ。ファイヤーマンの能力値は、そこまで脅威きょういではない。



✓つづく

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