☆第三十一話 お婆ちゃんと一緒☆
「ありがとうございましたっ! おかげさまで、助かりましたっ!」
小柄なお婆ちゃんへ礼儀正しく頭を下げる筋肉巨漢の強面は、それでも、お婆ちゃんの身長よりも高所であった。
「いいえ、この間のお礼です。ほほ…。それより福生さん、お急ぎなのでしょう?」
お婆ちゃんは、この近くに用があるらしく、交差点で電動スクーターを降りたので、育郎が押して横断歩道を渡りきる。
混雑の中、小柄なお婆ちゃんを一人で歩かせる事を、フと想像した。
「ぁのっ–まずはですねっ、天鳳妙院さんのご用件の場所までっ、お送りいたしますっ!」
青年的には、それが一番安心できる。
「それはご親切に…ですが、福生さんも ご用件がおありなのでしょう?」
慌てる育郎の心配をしてくれる、上品なお婆ちゃん。
育郎は、お婆ちゃんに心配をかけまいと、高い壁と正門が見えている学園を、掌で指し示し。
「ぼ、僕はあのっ、聖流華嬢学園のっ、学園祭へっ、向かうだけですのでっ! 天鳳妙院さんをお送りする事はっ、大丈夫ですっ!」
電動スクーターを降りて育郎と一緒に歩いているくらいなのだから、お婆ちゃんの目的地も、きっとこの近辺だろう。
そう考えた育郎へ、お婆ちゃんの返答は。
「あら、そうでらしたの? 偶然ですのねぇ。私の目的も、聖流華嬢学園の、学園祭ですの」
「えっ⁉」
偶然とはいえ、目的地が同じ。
そう知って、育郎は、ハっと感じる。
(天鳳妙院さん…雰囲気が誰かに似ている感じがしてたけど…亜栖羽ちゃんだっ!)
言葉遣いは違うけれど、なんとなくホっとする雰囲気とか、小柄で穏やかな感じとか。
(亜栖羽ちゃんのお婆ちゃんと考えると…なんだか、納得できる…っ!)
とか考え、しかし亜栖羽の苗字は「葦田乃」であり、全然違う。
(だよね…僕の考えぎか…)
と、納得をした。
とにかく、お婆ちゃんの目的地も一緒なのだから、育郎は共に学園へ向かう事とする。
「それでは、僕がこのまま 電動スクーターを押させて頂きます」
という申し出を、お婆ちゃんは、優しい笑顔で受け入れてくれた。
「あら、どうもありがとうございます。福生さんは、ジェントルマンで いらっしゃるのねぇ♪」
「い、いぇ…」
そんな賞賛を受けたのは初めてで、強面が赤鬼のように真っ赤な育郎だ。
お婆ちゃんの歩幅に合わせて、ゆっくりと歩く育郎は、ガードレールがあるとはいえ女性に車道側を歩かせる事はしない。
育郎の地元では、男性と女性が車の通る道ですれ違った場合、車の有る無しに関わらず、男性が車道側を歩くのだ。
この習わしは、育郎の田舎だけでなく昔から日本では割と普通だったし、現在でも見る習慣だと、育郎は認識している。
強面とはいえ、男性に付き添われて、人混みを歩くお婆ちゃん。
「ふふ…なんだか、久しぶりな感じが いたしますねぇ…♪」
遠い昔を懐かしむような眼差しも、寂しさと幸せな潤いを見せていた。
学園へ近づくに従って、家族連れが多くなっていると解る。
「到着しました」
高い壁と、高くて広い正門へ到着をして、正門から横へと仕切られた自転車とオートバイ専用の駐輪場へと、電動スクーターを押して、駐車をした。
小柄なお婆ちゃんがニコニコと付き添いをしていたから、先生たちは注視しながら通してくれたけれど、もし青年が一人だったら、正門の入り口に一歩踏み入れようとした段階で止められて、また一悶着あっただろう。
「ここで、大丈夫ですか?」
「はい。ご親切に 有り難う御座いました♪」
お婆ちゃんは、かなり上機嫌の様子で、言葉尻も弾んでいる。
「それでは、僕はこれで」
と、まだ亜栖羽との約束まで三十分以上はあったので、生真面目な育郎は当初の予定通り、正門前で時間待ちをしようと、挨拶をした。
とにかく、学園へ到着をしたのだから、もう遅刻は絶対に無し。
悪党どもを喰らい尽くした鬼の如き満面の笑みで、正門へと戻ろうとしたら、お婆ちゃんに呼び止められた。
「あら…学園祭を 楽しまれるのでは…?」
「あ、はい。そうなのですが、実は…」
愛しい少女との約束時間を護る為に早く来ただけで、約束をした時間までは少女の迷惑にならないよう、正門で待つつもりだと、忠犬の志な筋肉巨漢がデレデレしながらクネクネと身を捻らせて、伝える。
「あらまぁ、ふふ…。それでしたら、一緒に学園へオジャマいたしましょう。愛しい女子なら、きっと 福生さんが来るのを、首を長くして待っている事でしょあう」
お婆ちゃんの笑顔は、少女時代の淡い記憶を思い出しているかのようだった。
~第三十一話 終わり~
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