☆第一話 偶然か運命か☆
絶対に見間違えない愛しい少女を見付けながら、育郎は僅かに戸惑う。
「あ、亜栖羽ちゃんがっ、ナゼここに…ひっ⁉」
もちろん、嬉しさでの驚きだ。
そして次の瞬間には、亜栖羽へ向かって走り出す。
といっても赤信号なので、青年は全速の大股で二~三歩だけ全力疾走をして立ち止まって、通り過ぎる車の向こうで輝く笑顔の少女から、目を離さなかった。
「あぁ…あんな人混みに、亜栖羽ちゃんが…っ!」
普段から学校へ通ったり友達と遊んでいる亜栖羽だし、育郎と初めて出会ったのも、繁華街ではあった。
なので、特に繁華街でもない都心駅で、育郎が心配をする事など何もないのだが、そこは愛の病というか。
「あっ、亜栖羽ちゃんにっ、何か困難があったらっ…僕が車を押し退けてでもっ、亜栖羽ちゃんを護るんだっ!」
という決意が口から溢れ、横断歩道の最前線で壁の様に立ち塞がり筋肉も力む巨漢の強面に、これから一杯引っ掛けようとワクワクなサラリーマンたちが、ビクっとなった。
青信号になった途端、育郎は通り過ぎた車よりも素早く激走。
向かいから渡ろうとした会社員たちが、まるでアメリカ製の不整地用大型ランドクルーザーが暴走してきたかのような、圧と恐怖に怯えたり。
「あっ、亜栖羽ちゃん…っ!」
四車線の横断歩道を一秒強で渡り切った育郎は、笑顔の小柄天使の両肩へ触れる直前くらいの近さで、細い肩を抱くように腕を止めた。
「えへへ~♪ やっぱりオジサンだった~♪ こんな処で 会えちゃいましたね~♪」
とか、バンザイをする姿も愛らしさ一万点以上である。
「っぅぉぉおお…っ!」
上気する笑顔を嬉しそうに輝かせながら、少女の小さな掌が、青年の厚くて広い掌へと、添えられた。
その柔らかさと暖かさと儚さに、育郎の肉体がまた、喜びと庇護欲で盛り上がったり。
「あ、亜栖羽ちゃん。こんな場所で、どうしたの?」
ポニーテールも愛らしい亜栖羽は、学校の制服に身を包んでいる。
十月に入る前あたりから冬服で、しかし今日はコートを着る程の気温でもなく、学校指定のブラウスを着用していた。
ミニスカートからニュっと伸びる素足はスベスベ艶々で、若さと健康的な張りを存分に見せ付けている。
「はい~♪ 今日は、お買い物に付き合ってました~♪」
「お買い物…?」
というか、付き合うという事は、誰かと一緒なのだろうか。
フと、亜栖羽の左隣の、少女より頭一つ分ほど背の高い人物に気付いて、青年は一瞬、思考が停止をする。
「–っ!」
亜栖羽の隣に立つ人物は、シックな上着に落ち着いた色合いのシャツやスラックスに身を固めた、オシャレな男性。
髪型も整っていて、面立ちは平均的。
年齢的には、若手のサラリーマンくらいだろうか。
育郎の知らない、そして清潔感のある男性だった。
清潔な男性は、高身長な育郎を見上げて、やはりというか驚いた表情だ。
一目見て、学歴と巨体と筋肉以外は平均を大きく下回る育郎にとって、それは悲しい光景。
「…ぁ…ぁうぅ…っ!」
(ぁ…亜栖羽ちゃんに…新しい、恋人が…っ⁉)
天使にも負けない程に愛らしい亜栖羽だから、想いを寄せる男性は、年齢を問わず数多だろう。
とか、一瞬だけ考えて。
(っぃぃぃぃぃいやっ! ぁぁあ亜栖羽ちゃんはっ、そんなっ–ぼっ、僕が振られるにしてもっ–そんな突然っ、唐突に振って来るようなっ、そんな冷たい女の子じゃあっ、ないぃぃ…っ!)
振られると考えてしまったのは、育郎の自信の無さからくる、被害妄想である。
亜栖羽とお付き合いを始めたばかりな頃であれば、勝手にそう考えて、勝手に落ち込んでしまっただろう。
しかし、亜栖羽とお付き合いを始めて、今は半年ほどが過ぎている。
「え、ぇぇぇえええとおおおぉ…」
答えを聞くのが恐ろしいけれど、亜栖羽を信じるベキだと、心の奥底で震えながら縋る。
そんな育郎の耳に、亜栖羽の右隣から、別の少女の声が聞こえた。
「すごいっスねGOさん! こんな人混みなのに、一瞬で トモちゃん見つけちゃうんスから!」
「…あれ…ミッキーちゃん…?」
「ってゆーか、ガチでトモちゃんしか 目に入ってなかったんスね!」
~第一話 終わり~
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