好きじゃなくって愛してる! ~秋本番編!~
八乃前 陣
☆プロローグ 或る秋の夜☆
「よ、ようやく終わった…っ!」
都心のビルから出て来た福生育郎(ふっさ いくろう)は、疲労困憊だった。
それでも、無駄に逞しい筋肉が秋物の上着越しに力みを見せる程には盛り上がり、精神的にも前を向く強面は、まるで「格好良い鳥類第一位 ハシビロコウ」の如し。
夕暮れの都心で、駅へ向かって地を踏む巨体は、道行く人々にとって、エモノが取れなくてガッカリしているイエティーのようにも、感じられる事だろう。
久しぶりの都心駅へと向かう、普段はまず体験しない人混みへと混じりながら、今日一日の研修を思い出していた。
「ふぅ…なんとか、乗り切れたぞ…っ!」
在宅プログラマーには、ほぼ半年か一年に一度くらいの感じで、会社による研修がある。
契約本社や依頼先の会社からの要請で、新しいプログラムを使用する事になったりして、それを習得する目的があった。
研修はだいたい当日限りで、朝早くから、遅いと終電を逃してしまう事もある。
しかし今回は、日没を過ぎて少しした位で、研修も終了。
折角の都心なので、駅ビルの食品売り場で、ちょっと珍しい店舗のお菓子などを購入しようと、育郎は帰路に就いていた。
「これで…ようやく…っ!」
体力には必要以上に自信と能力のある巨漢青年が、誰が見ても闘いに敗北をしたキングコングのように疲弊をして見えるのは、研修がキビしかったからではない。
「スっ、スマフォを…っ!」
研修中は、当たり前だけどスマフォ禁止であり、育郎は今日一日ずっと、愛しい少女、葦田乃亜栖羽(あしたの あすは)との連絡が取れなかったのだ。
「あ、亜栖羽ちゃんにはっ、研修の事っ、伝えてあるけど…っ!」
もしかしたら、通話ではなくメールが来ているかも知れないと、青年は慌ててスマフォをチェック。
履歴を見ると、育郎もチェックをした朝の挨拶のみだった。
「よ、良かった…。亜栖羽ちゃんからのメールを 既読スルーなんて、失礼な事になってなかった…ホ」
それで怒るような亜栖羽ではないけれど、育郎は心から安堵をする。
「どうしようかな…研修終わりましたメールだけでも 今すぐ…でも、帰ってからの方が、亜栖羽ちゃんとゆっくりオシャベリ出来るかも…♡」
とか駅前で一人ニヤニヤしていたら、一万人が同時に声を出しても聞き分けられる自信のある愛声が、背後から聞こえて来た。
「…オ~ジ~サ~~ンっ!」
「ハっ!」
声のする方へ全身全力で振り返ると、すぐ後ろにいたサラリーマンたちやOLさんたちが「ヒィっ!」とおののく。
そして青年の視線の先、十メートルほど後ろの、さっき渡った横断歩道の向こうの赤信号で立ち止まっている人込みの中で、ぴょんぴょんと跳ねている小柄な少女をみとめた。
「–っあっ、亜栖羽ちゃんっ!」
~プロローグ 終わり~
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