☆第三十四話 誰のお婆ちゃん?☆


 厨房スペースから嬉しそうに駆けて来た亜栖羽を見て、育郎は、魂まで魅了されていた。

「あれ~? お婆ちゃんとオジサン~♪」

 という少女の驚きも、認識するまで、一瞬を要する。

 亜栖羽のモンスターコスプレは、吸血少女だった。

 クラスみんな、コスプレ衣装は殆ど、ハロウィングッズで揃えたらしい。

 亜栖羽も、コスプレ用の白いブレザータイプとミニスカート、黒いソックスに、裏地の赤い吸血鬼なマントを羽織っている。

 更に頭には、吸血鬼キャラらしい蝙蝠の羽根飾りを乗せていて、艶めく唇を開くと、白い牙も覗けていた。

(ああぁ…亜栖羽ちゃん…っ! なんてっ、可愛い天使の吸血鬼なんだ…っ!」

 心の感動が声になってしまう、いつもの育郎。

「オジサン、どうですか~?」

 目の前でクルりと一回転をする、育郎史上もっとも尊いファッションショーに、感動の涙が溢れて止まらない。

「はっはぃ…っ! 最高ですっ! 綺麗で可愛い過ぎてっ、吸血天使ですっ!」

 育郎的には、この上ない賞賛である。

 感動のあまり、着座しながら巨体が震え、全身の筋肉が盛り上がり、一般耐性テストを合格した椅子が、キシみを上げていた。

「やった~♡ えへへ~♪」

 絶賛を受けた吸血天使も、嬉しそうに照れている。

「ふふ…」

 巨漢青年の純粋な有様に、お婆ちゃんも微笑んでいた。

「お婆ちゃん~、オジサンと一緒だったんだ~♪」

 亜栖羽の言葉で、ハっと現実へ帰還する育郎。

「あ、亜栖羽ちゃんの…お友達の、お婆様…だよね…?」

「いいえ~。私のお婆ちゃんですよ~♪」

「…えっ⁉」

 育郎は、心臓が分厚い胸筋を突き破るかと思える程に、驚かされた。

 青年の反応を楽しんだらしいお婆ちゃんが、落ち着いて上品な、しかし少し申し訳なさそうに、自己紹介をしてくれる。

「ちゃんとした自己紹介が 遅れまして…亜栖羽の祖母の、天鳳妙院八重(てんぽうみょういん やえ)と申します」

 イタズラをした事が、少し恥ずかしそうな感じで、してもチャーミングだ。

 ゆっくりと、優しい笑みで再びの自己紹介を貰った青年は、慌てて立ち上がる。

「っこっこっこっ–こちらこそっ、しっ、失礼っいたしましたっ! ぼ僕–っわ私はっ、福生育郎とっ、申しますっ!」

 筋肉の巨体が姿勢良く立ち上がり、ハキハキとした大声でビシっと頭を下げる挨拶に、周囲のお客さんやコスプレ女子たち、更にどこからともなく大声が聞こえて来た校庭の人々も、ビクっとなった。

 慌てたうえ二度目の挨拶だけど、お婆ちゃんは、微笑んで受け入れてくれる。

「うふふ…♪ まあ、お掛けになって下さいな」

「はっ、はいっ!」

 緊張して腰を下ろした育郎だけど、亜栖羽の家族とは、初対面というか。

 以前に電動スクーターで出会った際にも、名前を問われて名乗ったけれど、今回のような場合とは、意味も心構えも違う。

「そうですか…あなたでしたのねぇ」

 お婆ちゃんは、親切な青年の想い人が孫娘だと解り、静かにウンウンと頷いている。

 突然の彼氏バレに、いつも明るい亜栖羽も、ちょっと戸惑った。

「お婆ちゃん、ごめんなさい…。秘密にしてたわけじゃ、ないのだけれど…」

「ええ、解ってますよ♪」

 お婆ちゃん的には、高校生の孫娘にお付き合いをしている異性がいる事を、特に問題視はしていないっぽい。

「福生さんのお人柄は、私自身が、よぅく 理解をしているつもりですもの。ねぇ♪」

 と、なんだかイタズラっぽい笑顔で育郎へと振る、お婆ちゃん。

「あっ、あのっ、どっ、どぅも…っ!」

 かしこまって身を縮ませる強面巨漢の様に、お客さんたちは「あのお婆ちゃん、フランケンシュタインを委縮させているぞっ!」とか、ザワついたり。

「亜栖羽の成績が上がったり、七月中に夏休みの宿題を終えたり…全て、あなたのご指導なのでしょう?」

 と尋ねられて、育郎の本心は。

「あっ、亜栖羽ちゃんのっ、努力と才能です…っ!」

 と、更に縮こまった。

「お婆ちゃん~、この間のキャンプのお土産も~、オジサ–育郎さんが、一緒に選んでくれたんだよ~♪」

「そうでしたのねぇ。亜栖羽がいつも お世話になっております」

「ここっ、こちらこそっ、亜栖っ–ぉお嬢様にはっ、いつもっ、か感動をさせてっ、ぃ戴いてっ、おりましてっ–っ!」

 お婆ちゃんの丁寧な礼に、育郎は更に巨体を縮こませ、真っ赤にになって頭を下げた。


                    ~第三十四話 終わり~

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