☆第五話 お好み衣装?☆


 晴天に恵まれなかった土曜日であっても、亜栖羽と会えるなら、心の底から日本晴れな育郎である。

 今日はデートというより、いま二人が向かっている場所が、目当てであった。

「折角なのに、雨になっちゃいましたね~☆ オジサン、こんな時にお付き合いをお願いしちゃって、ごめんなさい~☆」

 気になるお店を見つけたので、自分から誘ったら雨になってしまった事を、申し訳なく感じている様子の亜栖羽。

「そんなこと無いよ。空模様は、誰の所為でもないんだから♪ それに僕は、その…あ、亜栖羽ちゃんと会えるなら、例え台風だって、喜んで出かけるよっ…でへへ♡」

 小雨の中、巨体を覆うゴルフ用の傘の中で、だらしなくデレデレする育郎だ。

「えへへ~♪ ありがとうございます~♪」

 背後から、弱い風に乗って霧雨が流れて来るので、巨漢青年が後ろを歩いて、小柄な少女を雨風からガード。

「亜栖羽ちゃんが見つけたお店って、何のお店?」

「えっへん♪ 着いてからの、お楽しみで~す♪」

 焦らす得意げな顔も可愛い。

 繁華街とは違う駅から、住宅街へ向かう商店街を五分ほど歩くと、商店街の入り口に、そのお店はあった。

「到着で~す♪」

「ここは…和風喫茶?」

 急角度で尖った狭い角地に、一見するとごく普通の喫茶店のような店構えの、小さな店舗。

 お店は「しずく屋」という名前で、ピカピカな木製の看板が掲げてあった。

 真新しい立て看板を見ると、緑茶と和菓子がメインのよう。

「新しいお店なんだね」

「ですね~♪ 私 一昨日~、知りました~♪」

 亜栖羽も育郎も和食派なので、和風喫茶には、何度も足を運んでいた。

 それでも、新しいお店を見つけると入ってみたくなるあたり、食に関する二人の好みは一致している。

「それじゃあ、入ろうか」

「は~い♪」

 育郎が扉を開けて、亜栖羽が入店をすると、ウェイトレスと言うより女中さんと称した方が似合いそうな、和装の給仕女性がお出迎えをしてくれた。

「いらっしゃいませ」

 落ち着いた感じの挨拶で、女中さんは少女の背後が薄暗い事に気づいて、更に天気が悪くなったのかと想像。

「お一人様ですか?」

「いいえ~、二人です~♪」

「…? –ハっ!」

 少女の背後から、少し雨に濡れた鬼が入店をしてきて、同時に少女の背後が明るくなったので、さっきの暗さは天気ではなく大男の影なのだと、女中さんは理解をした。

「そ、それでは、こちらへどうぞ~♪」

 お客様に対して失礼なイメージをしてしまった事に、申し訳なさを感じた様子の女中さんが、慌てて笑顔での案内をしてくれる。

「店内も 和風だね」

「ですね~♪」

 巨漢の声色が意外に優しくて、女中さんもホっとしたり。

 窓際の席へ案内をされて、メニューを見ると。

「秋の和菓子店オススメは 栗羊羹だって」

「栗羊羹~♪ 秋ですよね~♪ あっ、栗餡最中っていうのも、ありますよ~♪」

「ふぅむ…亜栖羽ちゃんは、何を食べたい?」

「えぇ~とぉ…あ、栗羊羹の緑茶セットが、食べたいです~♪」

 亜栖羽はメニューを見ながら、育郎に「あ~ん」を出来るメニューを選択したのだけれど、勿論、今の時点で育郎が気付く事は無理だ。

「それじゃあ僕は…栗餡最中のセットにしようかな」

 二人のメニューが決まって、女中さんに注文を伝える。

「私~、今日このお店に来たのは~、実は オジサンとのキャンプの打ち合わせだけじゃあ、ないんですよ~♪」

「そうなんだ。というと、やっぱり…秋の和菓子?」

「えへへ~、あの女中さんたちの 制服です~♪」

 黒系の和服に、西洋型のエプロンやカチューシャなど、ただの和風ではなく、大正時代あたりを想像させる、可愛らしい和洋折衷。

「………」

 亜栖羽が纏った姿を想像すると、育郎の脳内は、天国な光景で占められた。

「でへへ…亜栖羽ちゃんなら、誰よりも良く似合って…可愛いだろうねぇ…♡」

「えへへ~♪」


                    ~第五話 終わり~

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