☆第二十話 マッスルのピロー☆


 青年の右上腕部を枕にした少女は、とても嬉しそうに頭を乗せて、目の前の男性へと振り仰いだ。

「!」

 小柄な身体を横にして、向き合う体勢な亜栖羽の姿は、まるでベッドを共にしてくれる少女天使もそのままに、神々しい。

「えへへ~♪」

「は、はぃ…」

 微笑む少女の笑顔も頭の重みも愛顔との距離も、一本々までよく見えるサラサラな頭髪も艶々な天使の輪も、優しい香りもほのかな体温も、その全ての存在が、青年の全感動となっていた。

(ぼ、僕の隣でっ…亜栖羽ちゃん…っ!)

 自分が、女性とこんな風に添い寝をし合えるなんて、具体的な顔すらも思い浮かばない妄想の中だけでしか不可能だ。

 と想って生きて来た育郎だ。

 亜栖羽の全てが視認も体感も出来る現実に、頭が真っ白くなりかけて、筋肉が膨張をして全身の熱が高まってしまう。

(っ亜栖羽ちゃんの全てをっ、僕がっ、永遠にっ、護ってゆくんだっ!)

 そんな完全決心が、心の底から意識の全てへと、確立されてゆく。

「オジサ~ン…あの…わがままを言って 良いですか…?」

 ちょっと言い辛そうに、しかし頬を染めながら視線を逸らす事はなく、亜栖羽がキラキラとした眼差しで懇願をしてきた。

「はっはいっ、なんなりとっ!」

 亜栖羽の望みなら、夜空の星だって掴み取ってみせる。

 巨漢の強面騎士は、そう心に誓いながらの返答だ。

 青年の真顔に、亜栖羽は暫し見惚れ、ハっとなって話す。

「う、腕の力~、抜くと…私、その…重い、ですか…?」

 小柄で均整の取れている亜栖羽を重たいなんて感じた事は、一度たりともなし。

「大丈夫ですっ…ハっ!」

 答える際に、腕枕へと視線を向けて、ようやく気付いた。

 育郎の力む筋肉のお陰で、亜栖羽の枕たる上腕が、丸々と盛り上がっている。

 そのため、腕枕の筈の上腕が少女のしなやかな肩幅よりも高くなり、頭を乗せているのが辛そうだった。

 気づかずとも亜栖羽に迷惑をかけてしまった事は、初めてではないと思うけれど、申し訳なさの強さは変わらない。

「ぁああっ–ごっ、ごめんなさいっ!」

 育郎は、枕と捧げる上腕以外の全身でアワアワしつつ、慌てて右腕全体の力をクタりと抜いた。

 青年の筋力が抜けて、力こぶで金属みたいなガチガチ強度は収まったものの、しかし強靭な弾力はさほど衰えない。

 力みが無くなっただけでも、亜栖羽の頭を弾く程のパワーは、無くなった。

「えへへ~♪ ワガママを聞いて貰っちゃって~、ありがとうございます~♪ あは~、オジサンの腕枕~、プニプニしてて 可愛い~♡」

 元・力こぶへ頭を乗せると少しだけ沈んで、少女は筋肉枕を細い指先で、プニプニと突っついたり。

白魚のように細い指先でミッチリと逞しい上腕をツンツンされると、くすぐったくて、小動物にジャレ付かれているような、感動と庇護欲。

(…かっ、可愛いいぃ~っ!)

 同時に、異性特有な愛らしさを、強く感じてしまったり。

(むむっ–そ、それだけはっ、自制するんだっ!)

 ついさっきの抱擁の影響か。

 育郎はいつも以上に、亜栖羽を異性として感じてしまっている。

(…数多の生物たちが、夏~秋頃に、繁殖欲が最大へと高まるらしいけれど…っ!)

 そう考えると、自分は普通の人たちよりも、野生に近いのでは。

 とか、コンプレックスから地続きの、妙な思考に囚われてしまったりする青年。

「オジサ~ン♪ ドローンの映像~、視たいです~♪」

「ハっ–そっ、そうそうっ! そうでしたっ! えぇと…」

 とにかく今は、亜栖羽も楽しみにしてくれていたキャンプを、純粋に楽しむのだ。

 そう決心をし直しながら、育郎はスマフォを操作。

「これだ♪」

 アプリの中から、ドローンの映像をタップすると、空撮映像が再生され始める。

 斜め上からの、微細に揺れる映像には、育郎と亜栖羽が映っていた。

「っぅわあ~♪ オジサンと一緒に映ってます~♡」

「う、うん…」

 嬉しい映像と同時に、遠近画像によって、育郎の巨体がモンスター級に見えたり。


                    ~第二十話 終わり~

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