☆第十九話 エンジェルのピロー☆


「!」

 亜栖羽の笑顔な要請で、育郎はハっと気づく。

(そうだっ! 僕は一人の男として、亜栖羽ちゃんの望みはっ、何でも叶えるんだっ!)

 亜栖羽と出会い、デートを重ね、育郎への亜栖羽の想いを知った春の夜に、部屋で一人、決意を固めた青年だ。

(僕はっ、亜栖羽ちゃんとっ、添い寝をするっ!)

 覚悟を決めると、筋肉質な強面が更に鋼鉄の意思で強張り、金属製のハシビロコウみたいな凄みを発揮したり。

「亜栖羽ちゃん…それでは、タオルケットでっ、横になります…っ!」

 私物のタオルケットの上で凛々しく綺麗に正座をして、少女へ正しい礼をピシっと捧げる、巨漢の青年。

「は~い♪」

 亜栖羽は、テントの中で育郎と寝転がるシュチュエーションを、とてもドキドキワクワクしているようだ。

「では、失礼いたします…っ!」

 決意を固めて緊張しながら、育郎の筋肉巨体が震えつつ、ゴロん…と寝転がる。

「それじゃ~、私も、失礼しま~す♪」

 輝く笑顔の少女は、しかしやや緊張した明るい声色で、青年の右隣へと、転がった。

 育郎が持ってきていたバスタオルを畳んで丸めた枕は、フカフカで大きい。

「すん~…マクラ~ お日様の香りがします~♪」

「そ、そう…」

 タオルへ愛顔を埋める少女は、テントで戯れる秋キャンプの天使だ。

(あ、亜栖羽ちゃんが…僕の隣で、横になっている…っ!)

 添い寝をしても、亜栖羽との身長差はやはり感じられて、小柄な亜栖羽へ、どうしようもなく庇護欲が湧き上がる。

 しかし同時に、いつもより愛らしい媚顔が近い事で、ドキドキも比較にならない程、高まっていた。

(………)

 枕に顔を埋める少女の髪が、艶々でサラサラで柔らかく形を変えながら、天使の輪を輝かせている。

 強面と愛顔は三十センチ程の近距離で、シャンプーや石鹸だけでなく、優しくて甘い少女自身の香りも、ハッキリと感じられた。

 無意識に巨体を転がして全身で少女へと向くと、更に顔同市がグっと近くなって、言葉なく焦ったりする青年。

「オジサン…♪」

「………ハっ!」

 呼ばれて、少女が枕へ小顔を埋めつつ、青年を見上げている姿勢に気づく。

 亜栖羽の頬が上気していて、大きな瞳も潤んで見えた。

「…あ、亜栖羽ちゃん…」

 右側を下にしている育郎は、左腕だけで、亜栖羽の細い肩へと触れそうになる。

 少女の、ほのかに濡れたような美しい眼差しに、鼓動が高まり筋肉が熱くなり、心の底から少女の中へと、意識まで呑み込まれそうな錯覚。

 育郎をジっと見つめる亜栖羽は、心なしか、怯えているようにも感じられる。

 少女の華奢な肩へと触れそうになった巨大な掌は、そのままゆっくり、艶めくサラサラ髪へ。

 触れて良いのか。

 一瞬だけ戸惑うものの、少女はそんな青年から、逃れるような事も無かった。

「………っ!」

 繊細で揺れる豊かな頭髪へ、育郎の大きな掌が触れる。

「っ!」

 少女の身体が、僅かにピクっとおののいて、キュっと目を閉じた。

「…あ、亜栖羽ちゃん、その…い今だけ…これだけ…ごめんね…っ!」

「は、はい…っ!」

 考えての言葉ではなく、心から絞り出て来た青年の本心を、少女は全身で受け止める。

 育郎は巨体を蠢かし、逞しい両腕で、小柄な少女を優しく抱きしめた。

「…っ!」

 青年の胸に抱き寄せられて、少女も、身体が力んで縮こまる。

「…亜栖羽ちゃん、温かくて…っ!」

 愛しい。

 心は全力で抱きしめても足りないくらいに高揚しているけれど、触れ合う腕や胸筋は、自然と優しい力で包み込んでいた。

「「………っ!」」

 二人とも、緊張とドキドキでクラクラしながら、お互いに相手へ身を委ねる。

「……うぅ…」

 少女の身体の暖かさと、抱擁の柔らかさで、育郎の精神が満たされて、蕩けそうになった。

「あ、あの–」

 勝手に抱きしめてしまい、想わず謝罪の言葉が出そうになって、少女の言葉と重なる。

「オジサンの腕~、なんだか 抱き枕みたいです~♪」

 そう明るく告げる亜栖羽の愛顔は、育郎以上に真っ赤だった。


                    ~第十九話 終わり~

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