☆第三十話 いざ学園祭!☆
より確実に遅刻を回避する方法は、出来うる限り早い時間に、目的地の直前まで到着をしておく事である。
(…という格言みたいな一言を、何かの本で読んだ記憶があるぞっ!)
ましてや、亜栖羽の通う学園の、亜栖羽が招待をしてくれた学園祭なのである。
育郎としては、命に代えても遅刻は絶対厳禁であった。
「本当は、日付が変わった時間から、校門の前で待っていたかったけれど…」
夜中に学園の正門前でうずくまっていて通報とかされたら、亜栖羽にも迷惑な事が確実である。
自身の情熱に対して、社会人的な理性が勝利した結果が、この一時間前到着なのだ。
「…地図に、間違いはないぞっ!」
スマフォで調べた地図を頼りに、角へ差し掛かるたび、道順をチェック。
進む道の真正面とスマフォを交互に凝視する筋肉巨漢は、悪党どころか、巨悪へ仏罰を与えに進軍する戦闘系な仏使の如し。
すれ違う男性たちはビクっとなって道を譲り、女性たちは「ヒィっ!」と短い悲鳴を上げて、ピタっと立ち止まった。
四車線な車道の十字路へと差し掛かり、赤信号で止まる。
「む…ここの交差点を渡って、左…ああっ!」
渡った先の、左方向に、学園の壁と正門が見えた。
「あ、あそこだっ…学園だぁっ!」
青年は、想わず大きな歓声を上げて、瞳が潤んだり。
あとは、道なりに進めば五分ほどで、亜栖羽の通う学園「聖柳華嬢(せいりゅうか じょう)学園高等学校」へと、辿り着ける。
時計を見ると、午前十時十五分。
「…少し遅くなってしまったけれど、時間的には、遅刻をしないで済みそうだぞ…っ!」
育郎的に「少し遅くなった」とは、十一時過ぎに訪れるという亜栖羽との約束なので、一時間前の十時十分には、正門前へと到着をしていたかった。
という意味だ。
この五分は、地図をチェックし過ぎた為である。
信号が青になったので、横断歩道を渡ろうとしたら、パトロール中な二人組のお巡りさんから、声をかけられた。
「うっ…し、失礼ですが…ちょっと、宜しいですか…?」
「は、はい…何か…?」
強面な筋肉の巨漢が、ブツブツ言いながらチラチラと視認をしつつ、女子高を目指して歩いているのだから、声をかけられてしまったのだろう。
お巡りさんたちも、女子高の学園祭という事で、昨日と今日の二日間、コースや回数を変更して、パトロールを強化していたようだ。
「えぇと…失礼ですが、どちらへ…?」
育郎もかなり、亜栖羽とのデート中に、お巡りさんや補導員さんから怪しまれる事にも慣れているので、当初ほど慌てなくなっている。
「はい。聖柳華嬢学園高等学校の、学園祭へ…」
「そ、そうですか…」
ファッションはシックで怪しいトコロもないけれど、異様な巨体や筋肉ではなく、着合いの入り過ぎた顔が鬼のソレなので、お巡りさん的にも「どうしよう」という感じだ。
そんな間に、信号が青から赤へと、変わってしまった。
「あっ! おっ、お巡りさんっ、僕は早くっ、あの学園の正門までっ、辿り着かなければならないのですっ! 約束の十一時までっ、あと四十分しかないのですっ!」
「「え…?」」
学園まで二~三分の距離で、約束まであと四十分とか、言っている内容が異様だ。
「えぇと…ちょっと、詳しくお話を聞かせて戴いて…」
「あぁっ! もうすぐ青信号ですっ! 質問でしたらっ、正門へ辿り着いてからっ、何でもお答えしますからっ! 僕をぉっ、このままっ、学園までっ、行かせてくださいぃっ!」
と、必死の形相で懇願をする巨漢は、もはや警察ではなく自衛隊懸案なのではと想われる程、赤く裂気迫る泣きの鬼っ面。
これは、決して正門へ行かせてはならない人物なのでは。
お巡りさんたちがそう考えた時、横断歩道から、落ち着いた美声が聞こえた。
「あら、福生さん。先日は 有り難う御座いました」
「え…あ…っ!」
育郎が、お巡りさんと一緒に振り向くと、歩道寄りの車道で、三輪の赤い電動スクーターが停車をしていた。
その運転席にいたのは、先日、路肩へタイヤが嵌った際に、育郎が手を貸した、上品で小柄なお婆ちゃん。
「天鳳妙院(てんぽうみょういん)さん。先日はどうも」
大柄な青年が丁寧な会釈をする姿に、お巡りさんたちも軽く驚く。
「このような場所で お会いするなんて…ところで、なにかトラブルでも…?」
上品な仕草で電動スクーターから降りたお婆ちゃんは、お巡りさんに留められていた育郎と、触れる程の距離で、優雅に美しく立つ。
そんなお婆ちゃんに、お巡りさんたちも、あらためて訊ねた。
「えぇと…失礼ですが…」
「はい。この方は、私のお知り合いの方です。先日–」
お婆ちゃんのお陰で、育郎はお巡りさんから解放された。
~第三十話 終わり~
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