☆第二十九話 出発の朝☆
「…むっ!」
日曜日の朝の育郎は、六時設定の目覚まし時計よりも早く、しかも一瞬で眠りから覚醒が出来た。
仰向けのまま気合いも溢れる開眼をして、筋力も逞しい上体を起こし、ベッドから降りて全身を伸ばす。
「…んむううううううううっ! ふぅ…っ!」
今週分の仕事を昨日までに仕上げて納品をしたので、今日は完全なフリーデイであり、目的の地は一つ。
「亜栖羽ちゃんの学校…学園祭へ…っ!」
少女とのメールで、お昼前の午前十一時に、学校へ到着をする予定だ。
育郎は気合いを入れつつ、いつものように朝食を食べて、洗濯などの家事を片付け、しかしいつもと違って、朝シャワーで全身隅々まで綺麗に洗浄。
「よしっ! 時間は…うんっ! 予定通り、タップリあるぞっ!」
絶対に遅刻なんかしたくないから、何か用事を一つこなす度に、時計を確認。
「服は…これだっ!」
学園祭へ着て行く服は、カモメ屋さんの女将さんと若女将、若旦那からアドバイスを貰って、決定をしている。
シックな色合いで落ち着いた雰囲気を以て、大人っぽく纏めるが吉。
という意見を戴いたので、食事の帰りに少し遠回りをして、駅前のショッピングセンターで、アドバイスに沿った服を購入したのだ。
お店の男性店員さんも、来店して気合いも溢れる鬼に一瞬だけ驚いて、しかし真面目に対応してくれた。
スラックスは紺色で、特にクセもなくシンプルなシルエット。
青系のインナーを首元から見える感じに、明るい色のシャツとセーターを重ねる。
上着も濃紺色で、やはりクセのないラインで、落ち着いた大人の余裕を演出しながら、ファッションとしてのマフラーは明るめなチェック柄で纏めた
「…こんな感じかな…っ!」
玄関の姿見で、屈んで全身をチェックして、いま八時半。
ファッションも纏まって、デジカメ禁止なのでスマフォの充電を、ケーブルへ繋いだままなのに確認をする。
「…充電百パーセントっ! これで完全だ…っ!」
用意できる全てをチェックして、準備は完了した。
「よしっ! まだ時間に、余裕があるぞ…っ!」
デキる自分みたいで、ちょっと誇らしい。
時間的にも余裕があるので、育郎はいつものエプロンを装着。
エプロンでは隠れきらない膝下左右には、それぞれ大きなポリ袋を履いて、滑らないようにスリッパを深く履く。
「これで、万が一にもっ、この服を汚さないぞ…っ!」
こんな重装備で、何をするのかといえば。
「珈琲を…」
豆から淹れる珈琲をセットして、出来上がるまで、亜栖羽から貰ったチラ紙を、数十回目のチェック。
「…亜栖羽ちゃんのクラスは、教室で『モンスターガール喫茶』を開いているんだよね」
他のクラスは、メイド喫茶やロシアンルーレットたこ焼きなどの定番から、体育館での演劇や露店での飲食やゲームなど、お祭りの雰囲気が楽しそうだ。
「…部活としてのイベントもあるんだ…」
当たり前だけど、それぞれの部活ごとにも、イベントへ参加をしている。
美術部は、絵や立体の創作物を公開していて、化学系の部活は子供用の電飾実験や色彩実験。
運動部系は、紅白対戦や、お客さん参加型のゲームなど。
「なるほどなぁ…。僕たちの高校とは、全然違うなぁ…」
などと、服にシワをつけないよう立ったまま珈琲を戴きながら、あらためて想った。
エプロンとポリ袋でガードした正装で珈琲を飲み干して、歯を磨きながら「ならこの服を着る前に珈琲を飲めば良かったのでは」と思い、そして万が一にも零した場合のエプロンやポリ袋が用をなさずに済んだ事へ、ホっとした。
「…よしっ! そろそろ出発だ…っ!」
今からマンションを出れば、亜栖羽の学園の最寄り駅へは、約束の一時間前に到着できる。
「これなら、絶対に遅刻はしないぞっ!」
窓や玄関など、全ての施錠をチェックして、いよいよ出発だ。
「行ってきます…っ!」
必要以上に気合いの入った強面の筋肉巨漢が、一歩一歩と大地を踏みしめ駅へ向かうと、すれ違う人々がおののいたり。
電車の中でも、育郎は座らない。
(…亜栖羽ちゃんが恥ずかしい想いを極力しなくて済むよう、選びに選んだ服なんだ…っ! 変なシワとか、なるべく付けないように…っ!)
車中にて、姿勢正しく立つ筋肉巨漢の鬼瓦は、まるで鬼面の柱の如く。
学園の最寄り駅へ到着をすると、強い緊張感を覚える青年は、深く大きく息を吸い、精いっぱいに吐き出した。
「……すぅぅぅううううううううううぅぅぅ…っ、っはぁぁぁあああああああああああああ…っ!」
初めて向かう、亜栖羽の通っている学園。
時間的にも、遅刻は無し。
「良しっ!」
育郎は、緊張感と邁進意欲で力みながら、まだ一時間も早いけれど、学園へ向かった。
~第二十九話 終わり~
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