☆第三話 実樹寿氏☆


「「えっ⁉」」

 二人の大人がハモった。

「え~? あ、もしかして~、オジサン まだお仕事ですか~?」

 育郎の反応に、亜栖羽も驚いたっぽい。

「えっあっいゃ…っ! ぼ僕は全然っ! 研修はもうっ、完了してますぅ…っ!」

「やった~♪」

 亜栖羽の心配を慌てて訂正しながらも、言葉が進む程に強面がだらしなく蕩けていって、オシャレ兄さんも思わず驚愕をした。

「ぉおぉ…ぇえっと…」

 対して、亜栖羽ほどではないにせよ慣れているミッキー嬢は、驚きではなく明るい笑いが溢れる。

「あはは。それじゃあトモちゃん、カバン 取りに行こー♪」

「あ~、そうだった~♪ 良いですか~?」

 亜栖羽はミッキー嬢の兄へ、育郎も駐車場へ同行する許可を求めた。

 オシャレ兄さんの車なので、了解を求めたのである。

「え、あ、うん。じゃあ、行きますか」

 と、実樹寿氏は、育郎を誘った。

「そ、それでは…あ、そうでした」

 育郎と実樹寿氏は初対面であり、妹の友達からの提案とはいえ、このまま亜栖羽を引き渡すのも、年上の常識感としては、当たり前に不安だろう。

 育郎は肩から下げているバッグから、ほぼ使った経験の無い名刺入れを取り出して、名詞を差し出す。

「あの…あらためまして…」

「え、あっ、そうですね…」

 見上げる巨漢の両掌では切手のようにも感じられる名刺を、挨拶を返しながら、両掌で受け取る。

「…おぉ、在宅プログラマーさんですかぁ!」

 名詞を見た実樹寿氏が、パっと笑顔になった。

「? しかし、このお名前…どこかで…」

 という小さな呟きは、隣の妹には届いていない。

「まあ、しがない内職業ですが…」

「家で仕事が出来る環境ですか。羨ましいですねぇ♪ あ、失礼しました」

 と言って、オシャレ兄さんが自分の名詞を差し出す。

「…っミっ、ミズナって…業界古参で超大手のっ、スポーツ器具メーカーさんじゃないですかっ! あぁ、なるほどぉ…っ!」

 しかも配属は営業部で。役職は課長補佐。

 一見すると大学生風だけど、この若さでの課長補佐は、相当のヤリ手社員だろう。

 育郎の驚きに、ミッキー嬢は鼻高々で、実樹寿氏は照れていた。

「いやぁ、課長補佐なんて聞こえは良いですが、実際は 外回りのリーダーみたいなモノですよ。私も性格的には、家での仕事が望みだったんですけれど。あはは」

 と、自虐的に笑った。

 オシャレ兄さんは、子供の頃から小説家を目指して勉強をしていて、日本有数の大学の文学部へ進み、その間ずっと、小説の新人賞へとチャレンジし続けたものの。

「全っっっっったく、ドコも拾ってくれませんでしたよ。あはは。それで、大学卒業前で就職に追われて、今の会社へ飛び込んだ、っていう感じです」

「そ、それは…」

 大学を卒業する頃、顔のおかげで就職に苦労し、子供の頃からの趣味だったプログラムで何とか仕事へありつけた育郎からすれば、まさに夢見た就職だ。

「あ、兄ちゃん。GOさんって、プログラムだけじゃなくって、外国の小説も翻訳してるんだよ!」

「えっへん~っ! オジサンが翻訳をしてる 小説シリーズのタイトルは~」

 という妹たちの話題で、オシャレ兄さんはハっとなる。

「っ–ハアァっ! 思い出しましたっ! あの小説の翻訳者っ! ぁあなたでしたんですかぁっ♪」

 オシャレ兄さんの言葉がバクる。

「え、あ、あの…ご存じ戴けて…いるんですか…?」

 今度は育郎が驚いた。

「ごっ、ご存じも何もっ! 僕っ、あの古典小説のっ、子供の頃からの大ファンでしてっ! 現在では古典ですしっ、以前の版も絶版ですけどっ、SF好きとしてはっ、読めなくてもマストノベルですしっ! 最近になって新翻訳版で復刻したのっ、すっっごく嬉しくてっ! もう今出ているシリーズ全部っ、保管と布教と拝読用にそれぞれ三冊っ、買ってますよっ!」

 モノ凄いテンションで、育郎と握手をブンブンと交わす、オシャレ兄さん。

「あ、の、ど、どうも…」

 育郎自身が創作をした小説ではないから、こんなにも感動をされると、逆に恥ずかしく申し訳なく感じたり。

「兄ちゃん、それより駐車場っ!」


                    ~第三話 終わり~

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