☆第二十七話 筋肉とお婆ちゃん☆


 在宅プログラマーであり、パソコンを使ってSF洋書の翻訳テキストを書いている育郎だけど、ネット通販を利用する事は、あまり無い。

 ホームワーカーな反動、という訳ではないけれど、時間を作って外へ出るのが好きである。

 体力づくりの為の水泳もだけど、特に買い物となると、自分で商品を手に取って購入するのが、もっとも安心できるのだ。

「これ、手に入ったよ♪」

「ほほぉ、またマニアックな」

 友人編集者と、打ち合わせという名の古書店巡りをして、数年前に限定販売をされたSF洋書のドラマCD付きという、かなりレアな小説を見付けて購入。

 存在はレアだけど特に価値も見出されなかった為か、新古品が定価で買えたのもあり、強面が強面のままにニコニコな育郎は、駅へと向かっていた。

 社車で来ていた友達は、マンションまで送ってくれると言っていたけれど、育郎としてはあまり来たことの無い地域で知らない食べ物を見付けるのも楽しみなので、友人とは現地解散となってのである。

「ドラマCDとか、日本の漫画や小説だけかと 思ってたけど♪」

 などと「帰ったら亜栖羽ちゃんへ 写真とメールを送って…♡」とかワクワクしながら、公園が見える下町っぽい細い小道を曲がって、ある困難場面と出くわした。

「…ん?」

 角の手前で、三輪スクーターが後輪の片方を、側溝へと落としてしまっている。

 三輪スクーターは、配達業者さんたちが使うような小型のスクーターで、天井まで含まれたフロントだけでなく、左右にドアも付いた、存在は知っているけれどあまり見かけないタイプ。

 傍らでは、小柄なお婆ちゃんが、なんとか持ち上げられないモノかと、無理な重量挙げに挑んでもいた。

「! おっ、お婆ちゃんっ! 大丈夫ですかっ⁉」

「? はい…なんだか 後ろのタイヤが、ハマってしまいましてねぇ…」

 慌てて駆け寄る巨漢を、身長が半分程なお婆ちゃんは見上げ、しかし驚く様子はなし。

「今、僕が持ち上げますから…あ、ちょっと 下がっていてください…っ!」

 お婆ちゃんの重量挙げという危険な現場の為か、育郎自身も、驚かれなかった事に気づかなかった。

 お婆ちゃんが場所を譲り、入れ替わった青年が、三輪スクーターの後ろ側へと、手をかける。

 育郎は、全身の筋肉へ力を込めて、腰を落とし。深く息を吸って、持ち上げる。

「ふうぅ…ふんんっ!」

 成人男性の平均筋力だと、安全に持ち上げられる重量は約四十キロで、女性だと約二十六キロだと言われている。

 目の前の三輪スクーターは、重量としては約百キロで、男性なら二~三人は必要だ。

 しかし、巨漢でナチュラルに筋肉ムキムキなうえ、体力づくりの為にそこそこ鍛えている育郎にとっては、力を籠めれば一人で持ち上げられる重さであった。

 三人スクーターの、後輪二輪があるエンジン部分をソっと持ち上げ、スクーターの向きを変えながら、ゆっくりと路上へ移動させて、優しく下ろす。

「ふぅ…これで 大丈夫ですよ」

 側溝の板が腐っている事も、三輪スクーターがハマってしまった原因だろう。

 笑顔でも強面な巨漢青年に、しかしやはり、お婆ちゃんは動じない。

「まぁまぁ…ありがとうございます♪」

 と、笑顔で美しい礼をくれながら、綺麗なハンカチを差し出した。

「え、あ…」

 育郎の指が、車体の埃で、少し汚れている。

「いぇ、こんなの そこの公園の水道で洗えば…」

 真っ白で丁寧に畳まれたハンカチを汚すのは、なんだか気が引けてしまう。

「いえ、どうぞ。おかげさまで、本当に助かりました♪」

 雰囲気も言葉遣いも丁寧で、自分を律する厳しさも感じさせるお婆ちゃんだけど、笑顔が輝くようにチャーミングだ。

 遠慮をしても、お婆ちゃんは、ハンカチを差し出してくれる。

「そ、それでは…ありがたく 使わせて頂きます」

 あまり断り過ぎるのも失礼かと思い、育郎はハンカチを受け取って、小走りで公園の水道へと走って手を洗い、ハンカチで拭いながら、走って戻ってくる。

「ありがとうございました」

 丁寧に畳み直したハンカチを、両掌で差し出しながら、礼で返却。

「ご丁寧に…。ご親切に、どうも」

 また輝くような笑顔で、お婆ちゃんは育郎と暫しの歓談。

 そしてお婆ちゃんは、ドアを開けて三輪スクーターへと跨って、綺麗な会釈。

「それでは…失礼いたします」

 育郎も挨拶をして、お婆ちゃんは走り去った。

「…優雅で上品なお婆ちゃんだなぁ…♪」


                    ~第二十七話 終わり~

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