☆第二十四話 亜栖羽の逡巡☆
翌週の土曜日。
育郎と亜栖羽は、映画デートを楽しんで、ケーキが評判の喫茶店へ。
「エグかったですね~♪」
「ほんとうだよね…」
一年ほど前に放送された一クールアニメを、劇場版として前後編で再編集をした映画を、亜栖羽のリクエストで観て来た二人。
可愛い絵柄に対して、超が十個くらい付いてもおかしくない程のリアルでファンタジーで過酷な状況を生き抜く少年少女たちの冒険物語で、熱狂的なファンを持つ漫画原作のアニメである。
二人とも楽しめたけれど、感情移入し易い育郎は、なかなか堪えた感じだった。
「それにしても、アレだよね–」
「あんなキビしい状況~、私だったら泣いちゃって–」
とか、映画の話も弾み、昼食も終えた頃。
「オジサン…あの、これなんですけれど…」
ポーチの中から、亜栖羽が両掌でオズオズと差し出したのは、育郎的には待ちに待った、学園祭のチラ紙だった。
「あぁっ、出来たんだね♪」
学園祭のチラ紙は、招待状的な役割もあって、生徒たちの家族などにも、生徒自身の掌で配られる。
とはいえ現在では、当日でも学校の正門で割と誰でも受け取れるらしいので、長い伝統の名残りなのだとか。
亜栖羽は、家族の分と育郎の分を持ち帰って、今日、育郎が受け取る事になっていたのだ。
青年も、緊張しながらお手拭きで両掌を丁寧に拭い、背筋を伸ばして両掌で戴く。
「あ、有難う御座います………ん?」
正位置で差し出されたチラ紙の端を抓んで軽く引いたら、クン…っと抵抗感。
見ると、俯いた感じな亜栖羽の愛顔が、頬を染めながら、何やら曇っていた。
(え…っ⁉)
何か失礼な事でもしてしまったのだろうか。
とか、亜栖羽とお付き合いを始めて半年以上も過ぎた秋なのに、育郎は焦った。
「えっ、えぇと…っ!」
僕が何か。
と問おうとしたら、少女は何かを訊きたそうな、どこか弱々しい感じの眼差しを向けながら、チラ紙から指を離しす。
「う~…」
「あ、あの…亜栖羽ちゃん、どうか…したの…?」
チラ紙を渡してくれたという事は、それ以外の何かだろうか。
心配も隠せない青年の声に、少女は戸惑ったように、訊ねてきた。
「ぁの…オジサン…学園祭、いらっしゃいますよね…?」
ニュアンス自体は、確信のような訊ね方である。
「う、うん…迷惑じゃ、なければ…」
「あ、はぃあのっ、迷惑とかっ、ぜんぜん違くてですね…っ!」
頬を染めて真っ直ぐに答える亜栖羽は、育郎が学園祭へ来る事を、本当に楽しみにしてくれているのだと、伝わってきた。
「は、はい…えっと…」
では、亜栖羽の戸惑いは、何なのだろうか。
「もっ、もしかしてっ…僕が行ったらっ、何かっ、マズい感じのっ、感じにっ、なったっ…とかっ?」
亜栖羽を困らせないように、必死に選んだその言葉は、SF洋書の翻訳もこなせる片足とはいえ文筆業者とは思えない程、キョドりまくっていたり。
「そ、そんな事はないです~! オジサンと一緒にっ、お店とか廻るのっ、私っ、すっっごく~っ、楽しみなんです~っ♪」
「はっ、はいっ!」
小さな両掌をキュっと握って真面目に告げられると、育郎も嬉しくてギユウっと身が引き締まること確実だ。
「じゃあ、その…僕が、学園祭へ行くのは…良い…んだよ、ね…?」
「はい~っ♪ えへへ~♪」
と明るく笑って、そしてまた戸惑いの天使。
「た…ただ~、その~…」
いつもハキハキしている亜栖羽が、これ程までに言い淀む姿を、初めて見た。
やっぱり僕が一緒だと、学校では恥ずかしいのかな。
とか、馴染み過ぎているコンプレックスが、一瞬だけ過って、しかし同時に。
(ぼっ、僕の容姿には…っ、むっ、無関係だってっ…亜栖羽ちゃんがっ、言ってくれてるんだ…っ!)
ここでコンプレックスに身を委ねるようでは、亜栖羽を信じていないのと一緒だ。
と、少女を信じ、そして縋る青年。
では、亜栖羽の戸惑いは、一体。
育郎が、急かす事なく亜栖羽の言葉を待っいたら、亜栖羽は意を決して、胸中を告白してきた。
「オっ、オジサンさんが来ると…っ!」
~第二十四話 終わり~
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