☆第十六話 亜栖羽の初飛行☆

 トイドローンのバッテリーを交換すると、育郎は本体を地面へ置く。

「この子も、お腹いっぱいですね~♪」

 バッテリー交換に対する、可愛い表現だ。

「亜栖羽ちゃん、飛ばしてみる?」

「えっ⁉」

 青年の申し出に、少女は驚いて、そんな表情も可愛らしいと、育郎は心の底から笑顔が蕩ける。

「で、でもっ…操縦、難しそうです…っ!」

 怖がっていると同時に、動かしてみたい欲求もあるっぽいと、モジモジしている細い指でも、よく解った。

「僕が教えるから、ゆっくり動かせば 大丈夫だよ」

「…! は、はいっ! それじゃ~…っ!」

 言われて、決意をした亜栖羽は恐る恐る、コントローラーをキュっと握る。

 トイドローンのコントローラーは、巨漢青年の掌では嘘のように小さく感じられたけれど、少女の掌には可愛らしいサイズで収まった。

「えぇと…っ!」

 コントローラーをジっと見つめて、緊張している。

「大丈夫。右のレバーが前後左右で、左が上下移動だよ。まずは、ゆっくりと上昇させてみようか」

「はいっ!」

 育郎の指示で、亜栖羽は上昇レバーへ震える指を置いて、静かに傾ける。

 命令を受信するドローンは、甲高いプロペラ音を更に高く変調させながら、地面から少しずつ、本体を持ち上げ始めた。

「わっわっ! オジサンっ、飛んでますっ!」

 少女の戸惑いが表れるように、ドローンは一メートルほどの高さを上下動しながら、風も受けて前後左右へフラフラと漂う。

「そうっ、亜栖羽ちゃん上手っ! そのままっ、もう少し高くっ、上げてみようかっ!」

「は、はいっ!」

 初めての操縦で奮闘する亜栖羽よりも、その瞬間を見ている育郎の方が、激しく興奮をしたり。

 上昇レバーで、ドローンは森の樹々よりも、高くへ飛翔。

「オっ、オジサンっ!」

「うんっ! その高さで、スイッチを入れて滞空させてっ!」

「はっはいっ!」

 滞空機能をオンにすると、ドローンは指定された高さで、安定をした。

「いいよ! 今度は、自由に移動させてみて…っ!」

「はいっ!」

 亜栖羽は次に、水平移動のレバーを、恐る恐るで傾ける。

「…っう、動いてます…っ! わぁ~♪」

 ドローンは、ゆっくりと左右へスライド飛行をして、引き続き前後にも移動を見せた。

「そうそうっ! そんな感じで、自由に飛ばしてみてっ!」

 操縦をレクチャーしながら、育郎はいつものカメラを手にしつつ、撮影タイム。

 被写体はドローンではなく、操縦を楽しむ亜栖羽限定だ。

 ワクワクで楽しそうな亜栖羽の笑顔は、秋の陽光を浴びて、一段とキラキラに輝く。

(うんっ! やっぱりっ、ドローンを買って良かったっ!)

 育郎が亜栖羽の周囲を、まさしくドローンの如くグルグルと走りながら巡り連写を遂行していると、少女が驚きの表情となった。

「あっ–あわわっ、オジサンっ!」

 視線を追って見上げると、ドローンが森の方角へと、スーっと滑るように飛行してゆく。

「オっオジサンっ、ごめんなさいっ! 私っ、ドローンちゃんの操縦っ、間違えちゃったみたいですっ!」

 ドローンがこのまま行方不明になって、喪失される。

 とか想像してしまって、亜栖羽は泣きそうな程に、慌てていた。

「だっ、大丈夫だよ! 風に流されたみたいだから。こういう時は、コントローラーから 手を放して」

「はっ、はいっ!」

 育郎の言うままに、亜栖羽は両掌をパーの形に開いて、コントローラーから指を離す。

 と、遠退いたプロペラ音が、また大きく聞こえて来て、トイドローンがこちらへと戻って来た。

「ああ~っ! 帰って来た~っ♪」

 小さな本体が、育郎たちの頭上へと戻って来て、またオートで着陸をする。

「コントローラーから離れすぎたり、電波が送られなくなったりすると、自動で戻って来るんだよ」

「そ、そうなんですか~♪ 私、墜落させちゃって壊しちゃったらとか~、心配しました~♪」

 帰還した本体を、安堵した少女は屈んで、優しくナデナデ。

「えへへ~♪ この子、頭 良いんですね~♪」

「そうだね…♡」

 迷子になった子犬を迎えるような、愛らしい涙笑顔も亜栖羽の優しさだと、育郎はホッコりした。


                    ~第十六話 終わり~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る