第三幕:軟禁と策謀と真実と・・・
第26話 柔らかいか、試してみる?
新しい学校生活にも随分と慣れた。
が、まだ体験していないことは多くある。
その一つとして、今日の体育の授業は意外なものだった。
「隣のクラスと合同なのか……珍しいな」
男子更衣室で着替える途中、宏に話しかける。
「この学校の授業間の休み時間は丁度10分しかないんだ。喋ってると遅れるよ?」
「前も休み時間は10分しかなかったよ」
「危機感がないなー。すると前の学校ではそういうのなかったと?」
「まあな」
前の学校では、基本的に各クラスが男女別に別れていたし、この学校でこれまで受けた体育の授業も似たようなものだったから、意外だった。
それも男女合同な上に、2クラス揃う場合があるなんて……。
まあそれが出来るだけの校庭の広さがあるのだから、可能なのはわかるけど。
東京の学校は小中高すべて、住宅街の中に窮屈そうに建てられており、敷地面積が小さかった。
少し離れれば、広々としていて空気が美味しい。
「んで、隣というと――」
「夕果達とだな」
すなわちCクラス。
オレ達がDクラスなので、前から順に数えれば当然そうなるか。
Cクラスの場合、オレの知り合いは女子しかいないから、一緒に着替えていてもわからなかった。
というか、一人凄い奴がいる。
「ところで、あいつ凄い背高いな。バスケ部か?」
「あー、あいつは
「何かあったのか?」
「いいや。一匹狼なのさ」
同学年でオレよりも身長が高い奴なんて、律樹だけかと思っていた。
身長はオレの数少ないアイデンティティ。
これで三番目まで落ちてしまったことには悔しさを覚えるというものだ。
「ふぅん」
宏が無暗に他人の悪口を言う奴じゃないのはわかっているから、そんな理由で納得しておいた。
しかし、着替え終わって更衣室を出た瞬間――甲嶋と鉢合わせる。
先に更衣室を出た筈の甲嶋が、戻って来たのだ。
「あ、すまん。忘れ物か?」
「…………」
話しかけてみたが、返ってくる言葉はなかった。
それだけなら、なるほど一匹狼と納得できたかもしれない。
だが――甲嶋はオレをひと睨みしてから、更衣室の中へと入って行ってしまった。
――こえぇ!
オレは何にもしてないのに、どうして睨まれたのかわからない。
ただ運動する前から鳥肌が立っていた。
更衣室は職員室の隣。
ちょうど職員室から出てきた教師の一人から、恐怖して固まったオレに奇怪な視線を送られた。
***
授業の種目はバレーボール。
校庭だと、フワッとボールを揺らす風の動きに翻弄される。
バレーボール部に入っている七海は強い。
コートの中央端に置かれたデジタルスポーツタイマーがピピーッと試合終了の音を鳴らした。
「鉄矢ーーっ!」
試合に圧勝してきたばかりの七海が、観戦していたオレの方へとやってくる。
宏は別チームなので、七海と入れ違いで行ってしまった。
「どうどう? どうだった? 鉄矢、今の僕の見てくれた?」
「凄かったな。あんなしなやかに動けるなんて、身体柔らかいんだな」
身のこなし方が、同じ人間とは思えなかった。
彼女は、とても身体が柔らかいようだ。
もしかしたら、七海はバレーボールだけでなく、バレエを習っていたのかもしれない。
そう思えるくらいだった。
「ふふん、どれだけ柔らかいか、試してみる?」
「どう試すんだ?」
「うーん。こっち来て」
七海は芝生のあるエリアまで行き座ると、Ⅴ字に股を広げて手を伸ばす。
前屈のポーズだ。
オレはそっと七海の背中を押した。
すると、彼女の腰はたちまちと曲がり……彼女の豊満な乳房が布越しに芝生へと触れる。
「にゃ~っ!! てっちゃん、押し過ぎだよぅ!」
ビクッと七海の身体が痙攣し、すぐ手を離した。
振り返った彼女の顔はむくれている。
「ごめんごめん。あまりに柔らかくて」
「ま、まあ僕が言い出したことなんだし……怒ってないぞ」
如何にも言いたい事があるという顔だが、どうにか自制したらしい。
それにしても……だ。
今の七海の表情は艶めかしいというか……つい視線で追ってしまう。
いつも七海に対しては、胸に視線はいかないよう顔を見る事にしているのだが。
今は顔だけでも何だかドキドキしてしまう。
「え、えっと……あ、もうすぐオレの番だから、行くな?」
「う、うん。応援しているよぅ」
居たたまれなくなってしまったオレは、適当な口実を付けて、七海から離れた。
実際、自分の番が近いのは本当だったが。
この授業でのバレーボールの試合は、男女やクラス問わず色んなチームと当たる。
基本的に男女別でチームを組むため、オレのチームも男子だけで構成。
……女子チームと当たる時は手加減したくなってしまう。
そうやって油断した結果、オレの一試合目はボコボコにされてしまった。
次に当たったのは、Cクラスの男子チーム。
ふと、オレはその中に甲嶋の姿を見つけ……目が合った。
やはり甲嶋はオレを常時睨んでおり、怖い。
――今度は、純粋な実力で負けた。
言い訳かもしれないが、甲嶋の視線に震えて……本調子が出せなかった。
「俺らのチームよえぇ――」
「しゃーない。次頑張ろうや」
「空気読めんのは北本やろ」
「いやお前もだって。他人の所為にすんなよ」
オレが何か言われると思って、ホッとした。
調子悪いこと、見抜かれていなくて安堵する。
ぶっちゃけ、チームワークも悪かった。
以前、月宮姉妹目的でオレに近づいてきた北本。
彼もまた、甲嶋と同じく一匹狼なのか、クラス内であまり友達がいないからだろうか。
オレもまだ転校生として新顔。
意思疎通の慣れないメンバーが二人いれば、コミュニケーションに難があったのは当然か。
「や、お疲れだね」
仕方ないことにトホホと息を吐いていると、夕果に捕まった。
Cクラスとの合同なのだから、当然いる。
「いやー、そっちのクラスの甲嶋だっけ。ちょっとビビったよ」
オレのチームは、何だかんだで仲裁してくれている奴がいる。
ここで他人の所為にするのも良くないと思い、自分のチームの話は避けた。
「えっ!? 丁度あたしも彼の話をしようと思ったのに、エスパー……?」
「は? いや、マジで偶然だぞ」
「何その反応。そこは乗れって」
――悪かったな。
陽キャの切り替えしなんて、知るか。
とはいえ、夕果も甲嶋の話がしたかったとはどういう事なのだろう。
困惑するオレだったが、続く彼女の言葉に、その意図を知る。
「甲嶋くん。ななみんに惚れているんだよね」
腑に落ちた。
だから、オレは睨まれていたのだろう。
あんなにずっと睨み続けるなんて、普通じゃないとは思っていたのだ。
「まあ、甲嶋の彼女に七海がやっかみを買っている訳でもないんだろ?」
宏曰く甲嶋は一匹狼らしいし、試合を見ていてもそれはわかった。
「まぁね。どちらかというと、鉄矢の心配?」
「なんで疑問符を浮かべながら言うんだよ。心配してくれたんだろ? ありがとな」
馬鹿みたいにスポーツに熱中することもあれば、こうしてミステリアスなところもある。
ともあれ彼女も友人であることは、間違いない。
「アレは話しかけてもコミュニケーション取ってくれないからね。Cクラスの委員長も手を焼いているみたいだし……ね」
「へー、それは骨が折れそうだな。Cクラスの委員長って誰だ?」
というかうちのクラスの委員長って誰だよ。
知らないよ。
「あんたも知ってるんじゃない? 森下よ」
――森下四枝か。
川上の彼女で、七海との折り合いが悪い女子バドミントン部の女子だ。
あまり彼女に真面目な印象はなかったのだが、普段は意外と真面目ちゃんなのか……。
「Cクラスってもしかして危険人物多い?」
「上澄みだけよ。森下は……まぁ――」
「ん……?」
「や、元々あの子とあたしは――……」
何か言おうとしたみたいだが、夕果は言葉を一旦止めた。
「ほら、あたし部活サボったりして、森下に注意しにくいし、甲嶋は……わかるでしょ?」
「ああ」
すると夕果の目が、現在試合中のコートへ向く。
甲嶋へ目配せしているのだろう。
彼の方は、七海に危害が及ぶ訳でもないから、対策もしていない、とでも。
いや、対策のしようがないか。
夕果からすれば、どうしようもない話である。
「あっ、それと……鉄矢に訊いておきたいことがあったんだけど――」
夕果の声が一段と小さくなり、何か質問でもされるかと思った瞬間のこと――。
ピピーッ!!
タイムアップの時間が着てしまったようだ。
次の試合に出番があるらしい夕果は、困った表情を見せる。
「授業終わり、そうね……体育倉庫にでも来て!」
チームメイトのところへ急ぐ夕果はそれだけ言い残して、行ってしまった。
――この時は思いもしなかった。
まさかオレと夕果が、※※※※に※※※※※ことになろうとは。
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