第27話 体育倉庫軟禁事件1

 ――授業が終わった後。

 夕果に言われた通り、体育倉庫へ来た。

 校舎からは、校庭を挟んで少々距離がある。

 四限の授業に間に合わせるためにも、長話には付き合えない。

 片づけにも使ってしまったしな……。


 広々とした校庭とは違って倉庫は小さく、道具が押し込まれるようにして仕舞われていた。

 それでも小奇麗に感じるのは、きちんと掃除が行き届いている証拠だろう。



「で、夕果……話って?」


 夕果は倉庫の外を警戒した後、その扉を閉める。

 から差し込む光だけが差し込む薄暗い場所。

 どんよりした気持ちになった。

 そんなオレの内心も知らぬ夕果は、何食わぬ顔で話しだした。


「鉄矢、さ。前に小波と宏の仲……取り持とうとしたでしょ」

「えっ……?」


 まさかの指摘にたじろぐ。

 俺は何度も小波が宏と接しやすいように、さりげなくフォローを入れていたつもりだ。

 しかし、見抜かれているとは思っていなかった。


「カラオケの時とか、わかりやすかったしぃ?」

「他の誰かに言ったのか?」

「言う訳ないでしょ。誰に言う訳よ」


 ならば……夕果は何に対してそんなに不機嫌なのだろうか。

 前に森下が、夕果が女子バドミントン部に入ったのは宏目的だとか言っていた。

 七海は否定していたけど、本当なのでは……?

 この感じからすると、否応なしにわかる。

 すると、夕果がこう指摘するのも納得だ。


「…………」

「はぁ。あたしとしては、余計なことしないでもらいたいだけ。いい?」


 態度でわかりやすい奴だ。

 いや、むしろ夕果もここまでくれば隠すつもりはないのか。


「……わかったよ」


 迷い続けたが、オレだって小波のことが好きだ。

 放っておいても夕果が宏とくっ付いてくれるなら、オレの付け入る隙が……。


 ――畜生。畜生畜生畜生!

 小波の幸せをなんで願わないんだよ!

 なんてざまだ。

 情けないし、卑しい考えだ。

 この期に及んで、まだ自分の欲望を優先するなんて……。


 大体、オレが宏の代役になれるのかよ。

 あいつはチャラいけど、頭も回るし口も達者だ。

 何よりイケメンで明るい。

 オレみたいなまがい物じゃない。本物だ。


「あのさ、あたしが強制したみたいに思わないでほしいんだけど」

「あ? いや、なんでそんな――」

「じゃあ、なんで……そんな酷い顔するかな」


 酷い顔……していたのだろうか。

 そうだな……優柔不断で陰キャなオレのことだ。

 きっとそうなのだろう。


 ――あれ? 何かがおかしい。

 この暗い場所で、なぜオレの顔がしっかりのか。

 オレの方は……夕果の顔なんて見えていないのに、おかしい――――え?

 夕果を見ると、はっきりと見える心配そうな表情が


 いつの間にか、体育倉庫の扉が少し開いている事に気付く。


「……っっ!?」


 ガタンッと音が立って、扉が再び完全に閉まった。

 次いで、カチャリと奇妙な音がした。


「は?」

「え、何……?」


 話を聞かれていたことに気付いた夕果が急いで扉に手をかけるが、開かない。

 見えなくてもわかる。

 今頃、彼女の顔は真っ青になっている。


「と、閉じ込められた!?」


 鍵を閉められたのだ。

 電子ロック式だけあり、ガッシリ閉まっている。

 強引にこじ開けることはできそうにない。

 それも中に人がいないと思って閉じ込められた訳じゃない。

 ……これは故意の犯行だ。

 夕果との話や、小波と宏に翻弄されている場合じゃない。


「おい! おい誰か! 開けてくれないか!?」


 叫んでみるが、反応はない。

 無理もないだろう。

 体育倉庫は校舎から結構離れているのだ。


「参ったな」

「鉄矢、スマホ持ってきてないの?」

「授業に持って来るかよ!」


 オレも夕果もパニック状態だ。

 一旦、冷静になった方が良い。


「大体、なんで閉じ込めたんだ……?」

「盗み聞きされないように体育倉庫を選んだのに……最悪っ」


 夕果はオレとの話を聞かれたくなかったらっしく、頭を抱えていた。

 宏に対して懸想していることは、流石に秘密にしたかったのだろう。


「夕果……犯人に心当たりは?」

「そんなの――」


 何となく聞いてみただけだが、夕果は答えようとして口を噤む。

 心当たりはあるらしい。

 いや――オレはともかく、だ。

 夕果を狙う連中ならいるじゃないか。


「女子バド部の誰か……か?」

「……まだわからないわよ」


 そうは言っても、ずっと部内で疎まれていると言ったのは夕果じゃないか。

 なぜ、断言しないのか……ここまでされて、庇いたいのか?


「待っていてもジリ貧だ。何とかしないと……だよな」


 スマホがない以上、外への連絡手段はない。


「や、鍵がかかっているのは外から丸わかりだし、昼休みを待てば――」


 すると、四時限目の時間を丸々この場所で過ごすことになるのか。

 ……まずいな。


 電子ロックは鍵がかけられた状態で、赤。

 そうじゃない状態で青と、になっている。

 異常に気付いた誰かが助けに来てくれる可能性は十分にあるし、小波や七海、宏が不信に思って探してくれるかもしれない。

 オレの推測より早く解放される可能性は十分にある……けど、それで安心はできない。


「水は……大丈夫か?」

「……え? あぁ、そうね。暑いから、そうね……」


 その場に座り込む夕果。

 話も上手く通じている気がしない。


 水筒を持ってきている訳でない以上、水分補給が叶わない。

 衰弱はしていないが、精神的に参っているのだろうか。または本当に弱っているのだろうか。


「……ごめん。さっき全力だったから」

「ちょっ、夕果!? お前、何やって――」

「暗いからって、あんまり見ないで」


 突然、上半身の体育着の裾回りを手に取った行動に、目を疑った。

 そのまま脱ぎ捨てるのかと思いきや、首に掛かったまま胸元まで再び下ろす。

 脱ぐわけではなく、袖から両腕を抜いただけらしい。

 そのまま胸元をパタパタと仰ぎ始める。


 ……それは、見えないからこそだろうか。

 オレにとって、脱いでいるのも同然に思えた。


 ゴクリと息を呑む。

 ほのかにが鼻を差した。

 気付けばオレの下半身に、テントが張られる。

 倉庫内が薄暗いことに、心から感謝した。

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