第28話 体育倉庫軟禁事件2

 閉じ込められてから、何分が経っただろうか。

 ? 

 ……もしかしたら、かも――……。

 いや、4時限目のチャイムが

 そんな経っていないのか?


「やっぱり、熱いよな」

「……えぇ」


 顔も見えないのに、妙に色っぽい。

 何より、夕果の火照った身体から、汗の匂いが広がっている。


 体育倉庫は密室だ。

 男のオレは、こんな状況でも性欲が滾ってしまう訳だが、小波のことを思い出して我慢できた。

 最近は、七海の距離感が近すぎたおかげで、ある程度は耐性がある。

 何より、欲望に負けて友情関係を壊すなんて、一番オレの忌避するものだ。


 夕果の体力にも限界がある。

 室内に熱がこもる前に、急いで窓を開けなければならない。。


 それなりに大きい窓は、

 ただ……位置にあった。

 オレが背伸びして、カムラッチハンドルに手が届く。

 残念ながら身長か腕の長さが足らず、完全に明けることはできなかった。


「大丈夫か……?」

「えぇ」

「安心しろ。取り敢えずオレが外に出て、職員室まで鍵取りに行くから」

「……えっ?」


 簡単に出られるなら、困っていない。

 ――そう思っているはずだ。

 夕果は明らかに熱にやられており、無理だ。

 だが、オレだけなら窓から出れるかもしれない。


「うおぉぉっ、よっと!」


 窓の位置はやはり高い。

 腕の力だけで身体全体を上げるのは、出た後の着地に困る。

 弱っている夕果を外に出せない理由は、そこだ。


 だから足場づくりとして、まずは平行棒の上にトランポリンを置いた。

 これを土台にして、ようやく窓を開けようとする。

 ――その時だった。


「――――は?」


 目の前……半透明の窓越し。

 

 そのまま手の影はこちら側に押し込み、窓は再び閉じられる。

 外部にいる誰かが……邪魔をしているのだ。

 そう気付いた時には、頭に血が上り切っていた。


「ふっざけるなぁぁあああ! てめぇ! 何やってるのかわかってんのかよ! ぜってぇ――」


 ――ぶっ殺してやる!

 それくらいの怒りがあった。

 水分不足なんて関係ない。

 思いっきり腹から怒鳴った。

 あまりにやり過ぎだ。


 誰だかわからない。

 そこまで夕果に恨みがある理由もわからない。

 とにかく、絶対に外へは出てやる。

 オレも必死にならざるを得なかった。


「て、鉄矢……?」

「すまん、夕果。安心しろ……絶対、オレが出してやるから。無理せず休んでろ」

「そ、そんな……どうやって……」


 夕果の声色にも力がなくなってきた。

 さっきから、大袈裟と思えるくらい「はぁ……はぁ……」と息を吐いている。

 啖呵は切ったものの、オレはそのまま黙り込み、頭を回らせることに専念。

 暫くして、薄暗い倉庫内の道具を色々と探った。


 緊急事態なのは間違いない。

 手段を選んでいられる場合ではなかった。


「そのまま下がってろ。この布も……汚いかもしれないけど、一応纏っておいてくれ」


 サッカーボールの籠上にかけられていた布を渡し、オレは鉄の棒を両手で持った。

 ――鉄の棒。

 恐らくそのまま鉄棒を取り外したものだろう。

 頑丈で重さがあればなんでも良かった。

 オレは鉄棒を窓に向け――突く。


「おりゃ――ッ!!」


 バリッと最初は雲の巣が出来て、もう一突きで窓を割る事ができた。

 器物損害になるが、学校側にも状況を説明すれば何とかなるだろう。

 犯人の顔だけでも見ようと……すぐに窓の外を見渡したが、残念ながらそこには誰もいない。


「ちくしょうっ、逃した」


 残念ながら、邪魔をしたのは一度だけ。

 既に退散していたらしい。

 窓を割る必要はなかった。

 しかしやむを得ない状況に変わりはない。


 犯人がわからない以上、学校側には窓の建付けが悪くて開かなかったとでも言っておこう。

 そんな時――扉の外から声が聴こえた。


「おいっ! もしかして中に誰かいんのか!?」


 扉の向こうから、知っている声が聞こえた。


「律樹、オレだっ! 閉じ込められたんだ……夕果も一緒で、開けてくれないか?」

「鉄矢!? すぐ開けるぜ」


 カチャッとロックが解除される音。

 光が倉庫内に広がり、その中央には律樹の姿があった。


「な、何があったんだ?」

「それより律樹、どうしてここに……?」

「どうしてって、次はAクラスとBクラスが合同で校庭を使うのに、倉庫が開いてなかったからよぉ。鍵、取りに行ったんだ。これでも俺、クラス委員長だからよ。役目ってゆーか?」


 話を聞きながら校舎の壁時計を見る。

 ――


 片づけもあった為、倉庫に入ったのは授業終わった11時30分から少し経ち、1だった気がする。

 それから夕果と話すのに

 すると、閉じ込められていたのか。

 ……体感よりもずっと短い。


 それはそうと、外に出たオレは次に弱った夕果を立ち上がらせる。


「鉄矢、何でもいいから水筒持ってこれないか?」

「お、おう」


 律樹はオレの真剣な表情を見て、恐らく意図は理解しないまま走り出した。

 怪しい奴がいなかったか訊きたい気持ちもあったが、まずは夕果の水分補給が先だ。


「ごめん。四時限目、他クラスも使うの忘れてた」

「パニックになってたんだから、仕方ない。……自分を責めんなよ?」

「そんなに弱くないから……」


 夕果はオレと顔を合わせず、そのまま自分の足で歩きだす。

 彼女なりのプライドもあるだろう。

 冷静になって、恥じらっているのだろう。

 彼女が、如何に自分自身で無防備になっていたのかを。


 オレ達はとにかく、次の授業の為に校舎へ戻る。

 すると、で、のチャイムが鳴ってしまった。

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