第29話 早とちりするね
体育倉庫の件はどうにかなった。
オレは犯人探しをしたかった……が、夕果が大事にすべきじゃないと判断した。
彼女は一旦、落ち着きたいようだ。
「都合よく事故で閉じ込められたってことになったけど……犯人は本当にいたんだよ」
「疑ってないよ、俺は。……ただ無理もある」
小波と七海に相談する訳にもいかない。
放課後、オレは宏に愚痴を零していた。
幼馴染が危険にあったのだ。
そりゃ、宏が夕果を心配するのも当然か。
夕果の方は宏に気がありそうだけど……宏の方はどうなんだろう。
「閉じ込められたと教師側に訴えても、彼らだって困るし、大事にしたくないからね。夕果の判断は……間違ってなかったと思うよ。鉄矢の気持ちもわかるけどさ。冷静になりなよ」
たとえ、教員に「誰かに軟禁された」と訴えたとして……だ。
教師側にとってみれば、生徒の妄言ということにしておくのが最も都合がいい、ということか。
「……感情的になって訴えて、窓を割ったことを咎められたら、鉄矢にも危害が及ぶだろ?」
「それは……そうだな」
無駄でも訴える価値はあると思っていた。
しかしオレの考えは、大分甘かったらしい。
「それより鉄矢――」
「ん……?」
「根本的な話なんだけど、どうして夕果と二人で体育倉庫に?」
「ああ……それは……」
そうだよな。まずはそこが気になるところだ。
とはいえ……説明が難しい。
夕果は、この話を秘密にしたがっていた。
それに、小波と宏の仲を取り持とうとしたことを、夕果に指摘されたとは、本人に言い難い。
「すまん。夕果に聞いてくれないか? 勝手に言っていいのかわからないから」
「……そうか」
狡い手だと思う。
だけど夕果も隠したいだろうし、判断を委ねるのは間違いじゃないはず。
「でもなぁ、最近……夕果の様子が変でさ」
「ん……?」
「あっ――」
しまった、と言いたげな顔をする宏。
宏がそんなことを言うのは珍しい。
そこでふと……訊いてみたいことができた。
「最近ってまさか、オレが転校してからとは言わないよな?」
「うーん、そう言われるとそうかもしないね」
「余計なこと言った。忘れてくれ」
「いやいや真面目な話、夕果本人の問題だと思うよ。鉄矢は関係ないんじゃないかな。偶然でしょ」
そう言われても、だな。
時期的にはオレが転校してきてからならば、気になってしまう話だ。
「何かあるとすれば、女子バドミントン部かな」
「あー……そりゃ、オレも気になる」
体育倉庫の件で最も犯人として可能性が高いのは、女子バドミントン部だ。
夕果は、ずっと疎まれていると言っていたしな。
「最近ね、わざと独断的な行動が多かったんだ。プレイにしても、部活動にしてもね」
「……わざと? 嫌われようとしているって?」
「ああ。俺も部員から相談されてね。最近、みんな心配していたんだけど」
そうなのだろうか。
夕果は先輩から罰走をさせられていたらしいが。
ファミレスで見た部員達も……森下だけだが、夕果を心配している様子はなかった。
……いまいち信じられない。
「あれ? 待った……嫌われようとしているって、いつからだ?」
「え? だから、最近だって」
おかしな話だ。
夕果はずっと前から疎まれていると言っていた。
どういうことだ……?
彼女はそう思い込むようなタイプじゃない。
だとすれば、もしかして――。
「宏……夕果はお前に、ずっと部内で疎まれていることを隠していたのかもしれない」
「……は? いやいや、そんなわけない」
「わざと嫌われるように振舞うってことは、以前から嫌われていたことを悟られないようにする為のカモフラージュなんじゃないか?」
このタイミングでそうする理由はわからない。
隠しておくのに限界を感じたのかもしれない。
夕果は、宏狙いで部活にも入っていそうだ。
彼に格好の悪い自分を見せたくなかった……そう考えれば、辻褄が合う。
「悪い。鉄矢が何を言いたいのかわからないな」
「オレは……宏に『夕果のことが心配だ』と相談してきた女子を疑っている」
「それって……まさかそいつが犯人だと?」
「……あぁ」
オレの考えが合っていれば、その人物は――。
「――残念だけど、それはないよ」
しかし、宏から返された言葉は否定だった。
「人を疑うのが悪いとは言わ――」
「よく考えてくれ! 宏が騙されている可能性だって――」
「……鉄矢は時々、早とちりするね」
オレが言葉を遮ったからか、真顔になる宏。
そこでオレもハッとなった。
こうやって調子に乗った結果、前のグループでは失敗したのだ。
一度、深呼吸を挟む。
「悪い……話を聞かせてくれ」
「いいとも。特にその子を庇おうって意図はなくてね…………解決しているんだよ」
「……かい、けつ?」
――何が、解決されたと言っているんだろう。
「先に言っておくべきだったね。夕果はつい昨日、部活の仲間と仲直りしたんだ。最近は調子が悪かったらしくて、スランプを隠すために、わざと不真面目に見せたらしい」
――昨日に、か。
即ち、件の事件の動機となる可能性は低いと。
さっきから「わざと独断的な行動が多かった」とか、過去形だったのは、そういうことか。
「鉄矢が勘違いするのも無理はないよ。そもそも夕果が変なのは……部活のことだけじゃない。本人の手前言わなかったけど、夕果さ……鉄矢と月宮姉妹の関係を疑っていたんだ」
「さっきの『あっ――』ってそういうことかよ」
「ごめんね。誤魔化そうとして、余計な推測をさせてしまった」
まあいい。
結局、バド部の誰かに動機がないという情報は、一先ず役に立つだろう。
「色んな奴に訊かれたけど、オレと月宮姉妹との間に、そういった関係はない」
「でなくても、あれだけ仲が良いと疑ってしまうみたいだね。特に女子は、恋バナ好きだから」
そんなものか。
人の口に戸は立てられないし、仕方ないけど。
小波との関係を疑われるのは、ちょっと気恥ずかしさを覚える。
「ところで鉄矢――あの姉妹はどうでもいいんだけど……夕果にそういった感情はないよね?」
「え……?」
どう答えればいいのかわからなかった。
宏がこんなことを問う意図に、察しが付いてしまったからだろうか……。
小波の恋と自分の恋を天秤にかける。
恋愛を否定するべきだという葛藤を、想起した。
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