第30話 犯人の候補は、二人

「あ……ああ、ないよ」


 やがてオレは素直に答えた。

 夕果に対する恋愛感情はない。

 それは確かなことだ。


「良かった。鉄矢が敵になるのは怖かったからさ」

「……それって」

「うん。俺は夕果に惚れてる。内緒に頼むよ」


 もちろん、誰にも言うつもりはない。

 それはオレにとって、喜ぶべきことだ。

 夕果と宏は両想いなのだから。

 二人とも表面上わかりにくい。

 けど、ずっと一緒にいる間柄だと、更に気付きにくいものなのだろうか。


「でも怖いって? オレはイケメンでもなんでもないのに」

「月宮姉妹とあんな早く仲良くなっておいて?」

「あれは――」


 続く言葉が思い浮かばない。

 仲が良い理由は、単に元々が幼馴染だからだ。

 けど何も知らない周囲からすれば、疑うか。

 宏目線、オレがコミュ強に思えたに違いない。

 夕果の疑いもまた、そこだろうな。


「俺さ、これでも中学生の途中まで、超地味な陰キャだったんだぜ?」

「……え?」


 唐突に何を言うのか。

 宏の言葉が理解できなかった。

 今オレの隣にいるチャラ男が元陰キャ?

 ……そんな馬鹿な――……。


「あんま驚かないんだな」

「いや、驚いてるって。嘘かハッタリなのかと――」

「でも鉄矢ならわかるだろ。わかんだよ、鉄矢は今の俺のノリに、付いてこれない時がある」

「……っ」


 暗に何を言っているのか、気付いた。

 宏はオレを、同類だと指摘しているのだ。


「鉄矢の性根が陽キャ側じゃないのは、すぐわかった。よく考えてみ……俺と鉄矢の共通点、実は結構合ったんだぜ?」

「オレは、全く思い浮かばねーよ」

「目に見えるものじゃないからね」


 そう言われると、シンパシーを感じることはゼロじゃない。

 出会ったばかりで不安だった頃とは違う。

 思っていた以上に、今のグループへ馴染めた理由も腑に落ちた。


「……モテる癖に恋人いなかったのも?」

「苦手なのもだけど……俺が陽キャになれたのもモテるのも、夕果のおかげだからかな」


 そんなことはないと思うが、オレが否定したところで考えは変わらないだろう。

 ただ念の為に訊きたいことはある。


「それじゃあ、これからも夕果の気持ち待ちってことだよな? もし他に良い女子が現れても、気持ちは変わらないって」

「変なこと訊くなよ、鉄矢。人間誰しも気持ちは変わるもんじゃないか」


 それは……宏が小波を好きになる可能性もあるということだろうか。

 胸がキュッと引き締まるように苦しくなった。


「――でも、俺はこれでも一途なつもりだから、待つつもりでいるよ」


 宏は明るい表情で言う。

 展望をポジティブに考えているらしい。

 一気に安堵した。


「……なら、せめてオレは邪魔しない」

「協力してくれないのか?」

「え……いや、してほしいのか?」


 宏が誰かを頼るようには……。

 いや、元陰キャと明かしたことを含めれば、それは協力を求めていたのだろうか。


「まあね。と言っても、直接的なことじゃない。……ところで鉄矢は好きな女子、いないかい?」

「……それ今、関係あることか?」

「もしその相手が月宮姉妹のどちらかなら、俺としては充分助かるんだけどな」


 宏の恋の話から脱線していないか?

 ちょっと話の流れが掴めなかった。


「どうして……?」

「グループ内でカップルが生まれれば、俺も自信が持てると思ってさ。陰キャらしいだろ?」


 陰キャらしい……臆病さ、とでもいうのか。

 裏に宏なりの事情があるようだけど、本当に意味がわからなかった。だが――。


「どうだい……?」

「いるにはいる。でも、どっちかまでは――」

「それでいいよ」


 宏も自分の懸想する相手を教えてくれたのだ。

 友達として、ここは隠すべきじゃない。


「あ、あのさ宏、お互いの恋愛も大事だと思う。けど今は、夕果を閉じ込めた犯人を捜したくて――」

「俺に訊いても無駄だよ」

「そうかもしれないけど――」

「わかってないな、鉄矢」


 急に何を言って――。


「俺は犯人を知ってるんだよ。見ていたからね。その上で黙ってる……」

「…………は? はぁぁぁああ!?」


 その言葉ばかりは、流石に理解できなかった。

 つまり、宏は本当の意味で犯人を庇っていることになるのだから。


「そいつは誰だよ!」

「言えない」

「なんでだよ!」

「それも言えない」


 わけがわからない。

 夕果を傷付けた犯人を庇う要素なんて絶対にないはずだ。

 同じグループの奴なら庇うことも百歩譲って理解できたかもしれない。

 けど、オレ以外の5人には無理だ。


 最後見た時、宏と七海と小波が校舎に戻る瞬間は、オレが見ている。

 Bクラスの律樹はオレ達が倉庫内にいたことすら知らなかったはずだ。

 そして……オレと夕果は倉庫内。


「どうして――」


 どうして宏が犯人を庇うのか、わからない。

 オレの知らないところで、一体何が起こっているんだ……?


「言えないけど、ヒントをあげるよ。犯人の候補は、二人しかあり得ない」


 最後にそう残した宏は、とても満足そうな顔をしていた。




 ――そしてオレはいずれ知る。

   宏の言葉の、真の意味を。

   その裏に隠された策謀を。









୨୧┈••┈◇ 現時点の恋愛スタンス ◇┈••┈୨୧


・鉄矢→小波 :恋愛否定?

・小波→鉄矢 :???

・宏→夕果 :???

・夕果→宏? :???

・律樹→七海 :???

・七海→鉄矢? :???


୨୧┈••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••┈୨୧

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