第31話 迷宮入りしなければ解けない
――今日の分を描いた後。
液タブに情報を打ち込む。
推理するのだ。
体育倉庫にオレと夕果を閉じ込めた犯人……それが誰なのか宏は知っていると言っていた。
そして、その候補は二人という言葉。
宏の『知っている』と断言した上での言葉だ。
彼が知っている犯人以外にも、オレ達を閉じ込められる奴は他にいたということ。
加えて、恐らくオレが知っている人物なのだろう。
「何かおかしな部分はなかったか……?」
妙に綺麗な体育倉庫。
暑さで弱った夕果。
助けにきた律樹。
逃げた犯人。
5分間の軟禁。
「あれ、なんで……律樹は鍵を持ってきたんだっけ? ――そっか、あいつクラスの委員長だからか」
そんなことを律樹が言っていた気がする。
体育倉庫の鍵を態々取りに行ってくれたのも、その仕事の一環だったのだろう。
「となると、まず疑うべきはクラス委員長だ」
施錠にはロック時にも鍵が必要だ。
鍵を持っていた人物と目されるクラス委員長が最も怪しくなる。
だけど、あの体育の授業はCクラスとDクラスの合同だった。
残念ながら、オレはDクラスの委員長が誰なのか知らない訳だが――。
「森下……やはりあいつなのか?」
Cクラスの委員長は森下だ。
彼女は女子バドミントン部の中でも明らかに夕果を敵視していた。
宏と会話して、夕果が部活内でどういった立場なのか曖昧にされてしまったものの、森下に関してはオレ自身が目の当たりにしている相手だ。
「動機は十分……でも、違う気がする」
オレは、窓を叩き閉めた犯人の手を見た。
正直なところ……とても森下のようなか弱い女子の手には思えなかった。それに――。
「宏のやつ……信頼できないけど、あそこでバド部の女子は違うって言ったんだよなぁ」
どちらかというと、犯人を知っているとオレにバラしたのは、彼女達を庇っているようにも思えた。
男子という可能性は充分にある。
「夕果に恨みを持つ男子……いんのか? いや、オレに恨みがあってもいいのか……」
閉じ込められたのは夕果じゃない。
オレに恨みがありそうな男子に一人心当たりがある。
――甲嶋だ。
夕果曰く、甲嶋は七海に惚れているらしい。
動機としては充分だ。
「動機だけ洗うと、この2人が最も可能性が高い。けど、宏の言っていた犯人候補じゃねぇよな……森下を候補から外していそうだし」
あの状況を、もっと深く分析しなければ。
第一に注視すべきは、時間だ。
「大体、律樹が体育倉庫の施錠の状態に気付いたのはいつだ?」
その為に、職員室と体育倉庫までの徒歩時間を知る必要がある。
……これは簡単だ。
「オレと夕果が体育倉庫から更衣室へ歩いて帰った瞬間に4時限目のチャイムが鳴った。そして更衣室は職員室の隣なんだから、かかる時間なんて誤差。つまり、2分」
体育倉庫から解放された時刻は11時38分だった。
3時限目の終わりは11時30分。
即ち、4時限目の始まりはそれから休み時間10分後の11時40分。
職員室と体育倉庫までにかかる時間は40分マイナス38分の2分。
律樹が体育倉庫のロックに気付いてからの往復時間は約4分となる。
「で、オレ達が閉じ込められていたのは約5分。――明らかにおかしいな?」
律樹が職員室へ向かう時間と犯人が鍵を戻しに行く時間に被りがあれば、矛盾はない。
5分-4分=1分あまりの間に律樹と犯人も鍵を返しに職員室へ向かっているという可能性。
だが、そんな都合良くいくだろうか……。
もちろん犯人が走ったという可能性もある。
だが、それでは目立ってしまう。
ここまで慎重な犯人が、するわけない。
「これでハッキリした。犯人は、単独犯じゃない」
犯人は律樹がやってくる4分前には退散する必要がある。
だが、それでは辻褄が合わないのだ。
犯人が扉を閉めてから、次に窓を閉めるまで……オレの体内時計だが、確実に2分は経過していたのだから。
――するとどうだ?
犯人は11時34分以前に窓を閉めている。
オレ目線は閉じ込められた11時33分から2分経った11時35分以降に窓が閉められた認識。
矛盾している。
どんなに都合よくいったってこれでは――ギリギリ過ぎる。
だから、単独犯はありえない。
鍵を戻しに行った奴と、窓を閉めた奴は別人だ。
――また女子バド部の可能性が高くなった。
「どうなってんだよ。考えるほど迷宮入りしてる……犯人は相当頭がキレるに違いねぇ」
現状、最も可能性の高い候補。
それは――山下と甲嶋の二人組だ。
山下が鍵の管理をし、甲嶋が外から監視を――。
「てか、おい……宏の言っていた候補二人ってそういうことかよ」
何となく、山下に窓を閉められる訳がないと感じていた自分の中の疑念に、ようやく納得する。
最初から、宏は共犯者の存在を仄めかしていたのかもしれない。
「……そうだ。あの窓の高さは、山下では手が届かない」
女子バド部で最も身長が高いのは夕果だ。
そして夕果はオレよりも低い。
オレがギリギリ届かないという時点で、身長が足りる訳ないのだ。
だから、宏は女子バド部の誰かが犯人ではないと断言した。
すると……だ。
オレが知っていて、オレと同等以上に背が高い男子……確かにそんなの二人だけだ。
「…………あれ?」
安直に考えると、律樹と甲嶋しかいない。
宏の言っていた犯人候補二人って、こっちか?
「てかまて……違う。二人とも、出来ないだろ」
律樹と甲嶋……二人にはそれぞれ犯行に及べない理由がある。
これでは再び迷宮入りに――。
「いや」
これまでの推理を振り返り、あることに気付く。
「まさか――そうなのか?」
脳裏を焦がすような衝撃が走る。
頭に浮かんだ可能性に思わず、冷汗が出た。
もしかしたらこの事件は……普通に推理していたら、解けない類だったのかもしれない。
推理が迷宮入りしなければ、絶対に解けない。
その可能性に至ることができない。
一からすべてを考え直すことで……ようやく真相に気付いた。
オレが解けたのは、ほとんど偶然だ。
「まさに、怪我の功名だな」
犯人はわかった。
しかし、わからないこともある。
――あとは本人に動機を問うしかない。
まずは真相を共有するため、夕果と話す必要があるだろう。
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