第32話 犯人とトリック
――放課後。
七海や小波には悟られないよう夕果を呼び出し、カラオケの個室へ入った。
歌う為じゃない。
例の件について、その犯人についてもまた、外に流れていい情報ではないからだ。
「鉄矢……体育倉庫の件で話したいのはわかったけど、どうして律樹もいるの?」
「俺が知りたいぜ。急に鉄矢からこっそり来いって言われてよ」
戸惑う二人。
自然な態度を貫いているようだが、真相を確信しているオレの目には、白々しく映る。
「やめてくれ。二人が犯人だってことには、気付いてるから」
――情報の共有をしよう。
そう言って呼び出した理由に間違いはない。
自分の言葉が、如何に支離滅裂なことを言っているのか……わかっている。
何しろ、夕果に至っては被害者だ。
そう……被害者だと思っていた。
すなわち、殺人ミステリでいうところの
間違えていたら、これほど失礼なものもないだろう。
すると、ガタっと音を立てて律樹はテーブルに手をついた。
「お、おい……鉄矢、幾らなんでもお前でもそんな言いがかり――」
「やめて律樹。そう疑った根拠があるなら、聞くべきよ」
夕果の制止に、律樹は黙った。
それはもしや罪悪感なのだろうか。
オレは犯人の動機までは辿り着けなかった。
聞き出すためには……まず二人が犯人だと認めてもらわないといけない。
「まず初めに、犯人の候補は二人しかいない」
「それは誰と誰?」
「律樹と……甲嶋だ」
「……どうして?」
「体育倉庫の高い位置にある窓に、オレはギリギリ手が届いた。だからオレと同等以上となると、その二人しかいない」
もしかしたら、甲嶋のように隠れた高身長の生徒がいるかもしれない。
だが、夕果と近い位置にいるオレがその存在を知らない時点で、そいつらは夕果との接点があまりないと考えるべきだ。
そんな相手が犯人に協力するとは思えない。
「踏み台を使った可能性は?」
「オレ達が体育倉庫に入るのは偶然だった。そうだろ?」
「……えぇ。踏み台はなさそうね」
体育倉庫は校舎から離れすぎている。
踏み台なんて目立つものを使うなら、前以って体育倉庫裏に設置しておく必要がある。
閉じ込める機会を狙うにしては、犯人にとって都合が良すぎるのだ。
決して、それこそ偶然ではありえない。
「なら、甲嶋じゃない理由は? あいつは鉄矢に嫉妬している……容疑者じゃないの?」
「……そこだよ、夕果。それがおかしいんだ」
夕果を疑った一番の理由が、それだ。
甲嶋も背は高く窓を閉めることはできる。
しかし……彼は誰もが知る一匹狼。
オレ自身もまた、一コマ授業を共にして、身をもって感じ取った。
だからこそ、夕果から得た彼の情報には、最初から齟齬があったのだ。
「そもそもだ。コミュニケーションが超絶苦手な一匹狼……そんな甲嶋の好きな相手を、夕方果はどうやって知ったんだ?」
「…………」
夕果だけ特別だなんてことはないはずだ。
それに、彼は七海に近づくどころか、目すら向けていなかったから。
本当に惚れているのか……オレはずっと懐疑的だった。
「甲嶋は疑われやすいし、デコイにしやすかっただろ。あんなに目つきが悪い同級生は、オレも初めて見た」
嫉妬でオレを睨んでいるのだと思っていた。
だが、あまりにも睨んでいる時間が長すぎた。
人を睨むだけでも、案外疲れるもの
すなわち、あれが素……元々目つきが悪いと考えた方が、腑に落ちる。
一応、今日Cクラスに赴き確認した。
彼は誰に対しても睨んでいるように見える。
第一印象を決めつけたことで、偏見の目で見ていたのだ。
「そして一匹狼な甲嶋は共犯者になり得ないし、犯人側だって慎重に事を進めたいなら、普通に共犯に彼は選ばない」
暴露するというのは、裏切るということ。
裏切りによって生じる最も大きな不利益は、友情に対する疑いだ。
しかし、一匹狼である甲嶋にそれは関係ない。
裏切るリスクが彼には極端になく……共犯者にしてはいけない相手だというのは自明である。
「だからって、律樹にも無理じゃない?」
「ああ、普通ならな」
律樹はBクラス。
先に片づけをしていたオレと夕果が体育倉庫に入るだなんて、わかるはずがないのだ。
一旦はオレもそこで、真相が迷宮入りした。
だが、そこまでの解明は無駄じゃなかった。
「根拠を言う前に、時間的制約について洗おう。オレと夕果を閉じ込めた犯人が窓を閉めた。だが、犯人が鍵を返しに行ってから律樹が鍵を取りに行ったとすれば時間が足りない。だから、オレは犯人に共犯者がいると考えた」
「その推理は……犯行が律樹じゃないってことじゃないの?」
「ああ。オレも律樹が犯人じゃない前提で考えたんだ。もしいち早く校庭に出て、オレ達を確認していたとしても、瞬時にそんな計画を立てられるほど、律樹が狡猾だとも思っていなかった」
そこは、律樹を信頼していた。
「でも、そこで気付いた。律樹が首謀者ではなく共犯者ならば、実行可能なのは律樹だけになるんだ」
そう、犯人に共犯者がいるという前提で考えれば、律樹の犯行は不可能でなくなるのだ。
普通は単独犯だと思うし、そうでなくても女子バド部が複数人協力し合う形が有力視される。
でも、最もコスパの良い二人という前提で考え直してみると、案外簡単に紐解ける謎だった。
律樹が施錠したなら、鍵を持っている理由に納得できるし、時間的制約を無視できる。
「なら首謀者となり得るのは誰か――――そんなの、夕果しかいないだろ」
「でも律樹は、あたし達が体育倉庫にいるだなんて見ているとは――」
「ああ、だから見てなかったんだろ? 律樹」
「お、おう。見てないぜ?」
律樹に問うと、彼は自信満々に答えた。
単純な男で助かる。
同時に夕果が嫌そうな顔をしていた。
彼女も気付いたのだろう。
――見ていないのに、場所を知っている。
即ち、彼が共犯者だと言っているようなものだ。
「律樹が共犯者であれば、体育倉庫の施錠は、解放される時間を含めてあまりにタイミングが良すぎる。最初から首謀者がいないと成り立たない」
「なら、あたしが体育倉庫に呼び出したのは、偶然じゃないって」
「ああ。確信してるよ。必要があれば、幾らか指摘してもいい」
例えば――授業中。
オレと会話していた夕果は、甲嶋へ目配せするフリしていた。
しかし本当は、甲嶋なんて見ていなかったのではないだろうか。
彼女が見ていたものは、恐らくコート中央のデジタルスポーツタイマーの板だ。
……すなわち、時間を見ていたのだろう。
そして次の自分の出番が来るタイミングを狙って、オレに話を切り出した。
……途中で中断させるために。
同じように、最近女子バドミントン部で疎まれていることを「ずっと前から」と誇張したのも、いつかオレを嵌める時の為の布石だったのだろう。
もしもの時……こうして夕果自身から疑いの目を離す為に。
昔の宏が陰キャだったと思い出して気付いた。
きっと彼女には、転校してすぐオレの胡散臭さが見抜かれていたのだろう。
「……そう。――ごめん……ごめんなさい」
すると、急に夕果は謝りだした。
決して嘘とは思えない……涙を流していた。
それは、オレの推理が当たっていると示している。
律樹は黙った。怒らない。否定しない。
何か……オレの知らない事情があるのは間違いないのだろう。
ここまできたら訊かないといけない。
「どうしてこんなことをしたのか、教えてくれるか?」
「……うん」
ようやく、真実に辿り着ける。
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