第33話 真相・動機

 ……そう。

 結局のところ、オレは――夕果の動機がわからなかった……見抜けなかったのだ。


 軟禁して、オレを苦しめたいにしては、夕果自身も閉じ込められていたから。

 勿論、そこは彼女の計画通りなのだろうけど。


 しかし、どうにも煮え切らない。

 ここまで慎重で計画的な犯人だ。

 オレを苦しめるだけなら、あまりにもやった犯行が生ぬるいのである。


「……ひっく」


 そして……情緒が耐えられなかったのか、夕果はしゃっくりをしながら泣いていた。

 追い詰められた犯人の演技には……見えない。

 何か、事情があるのは間違いないだろう。


「夕果が話せないなら、俺から話していいか?」

「それは律樹の動機を?」

「いや、夕果の方を話してからの方が、わかりやすいだろうよ。先にはっきり言っておくけど、全部俺と夕果が悪いし、悪意あってのことだぜ? 鉄矢は怒っていい」


 それは……そうだろう。

 夕果も律樹も、隠し通そうとしていたことは本当なのだから。

 しかし、オレは不思議と落ち着いていた。

 今更だけど……オレは前のグループで話を聞こうとさえ、しなかったから。

 今度は……そんな結末を望まない。


「いいよ。聞かせてくれ」

「夕果は――ハニートラップを仕掛けるつもりだったんだ」

「……え?」


 ……?

 いや、言われてみれば、体育倉庫の中で夕果は妙に色っぽかった。


「もし鉄矢が夕果を襲ったら、その時点で夕果自身が撃退するか、俺が駆け付けて、鉄矢の弱みを握るって算段……だったか?」

「……ぅん」


 弱みを握るって……。

 知らない内に、とんでもない危機に合おうとしていたのか。

 これは七海と彼女の豊満な胸に感謝しなければならない。

 七海のおかげで、耐性があったからな。


 ただ――気になることが一点。


「撃退って……夕果、滅茶苦茶弱ってたぞ?」

「夕果は、合気道習ってたからな。演技だろ」

「……演技じゃない。お香が思ったよりあたしの方に効いちゃって……」


 お香……?

 なんだ、それは……。

 そんなもの無かったはずだが。


「…………やっぱり、そうかよ……」

「えっ?」

「つまりだな。ハニートラップのために、夕果は媚薬のお香を焚いていたんだ。だから……窓を開けられると困った。換気は良くないってな」


 ……

 オレ達を閉じ込めるためじゃなかったのか。

 ただ軟禁することだけが目的ではないとは、勘付いていたが、あまりにもそれは――。


「だからって、熱気が篭ると危ないだろ」

「……そこは夕果の計画だし……俺もどうかとは思ったんだ……けどよ……」


 もしかしたら、夕果は律樹に助けを求めることもできなかったかもしれない。

 仕掛けた本人が、まさしく危機的状況だった。

 媚薬のお香の話が本当なら、洒落になってない。


「もしかして夕果、思ったより馬鹿なのか?」

「ああ……そうさ……こいつは馬鹿だぜ……」

「うるさい」


 どこか、律樹の声はだった。

 そして……涙を拭き終わった夕果は、水をゴクッと飲んで、気付けばしゃっくりも止まっていた。


「で、オレの弱みは何の為に必要だったんだよ」

「……そりゃ……夕果の信念の為っつーか――」

「グループ内で、恋愛を許さない為よ」

「って訳だ」


 恋愛を……許さない……?

 ちょっと待ってくれ。


「待った……夕果って、宏のことが好きだって言ってなかったか?」

「は、はあ? 言ってないんですけど」

「あ……あれ?」


 思い返してみる。

 本当に言ってない……?

 オレが勘違いしていただけ……?


 まさか…………。

 宏への恋に感じた夕果の心意はどれも、嫉妬ではなかったのか。

 恋愛を否定していただけ……だったのか。


「恋愛はね、。あたしはそれを止めたい、本当にそれだけ」


 ……そういうこと……だったのか。

 ずっとわからないことがあった。

 夕果が――オレとの関係を疑っていたことに。

 最初は、七海を守りたいからだと思っていた。

 でも、それなら……小波まで気にするのは変だったから。


 そして

 宏と小波をくっ付けようとしたオレを咎めたのも、納得がいった。

 グループ内で恋愛されたら、グループが崩壊すると畏れていたのだろう。


「……そうか――」


 ――ああ、オレには

 痛い程……共感できる。

 オレもまた、小波に恋するまでは、そのつもりだったからだ。


 恋愛に対して恐れを抱いていた。

 ……オレは前のグループを壊した張本人だから。

 夕果から見てオレの存在は……劇薬に等しかったのかもしれない。


「前に、誰かグループから抜けたのか?」

「鉄矢が来る前のあたし達は、5人で始まったグループよ」

「じゃあ、もっと前か?」

「ええ、でも自分で言いたくない」


 夕果は律樹に視線を送る。

 やはり、彼女にもオレと同じく間違えた過去があったのだろうか。


「Cクラスに森下って奴がいるだろ。小学生の頃の夕果はあいつと仲が良かったんだがな。森下が恋人を作って、グループが壊れらしいぜ」

「それって、川上?」

「いや、別だな」


 夕果と山下の関係が浅いようには思っていなかったが、彼女もまた夕果の腐れ縁だったのか。

 

 山下は言わば……夕果に昔のことで逆恨みしているのだろう。


「つまりよ。弱みを握りたいだとか色々言ったけど、夕果は鉄矢を信頼したかったんだ。まさか鉄矢も脱出しようと強硬手段に出ると思って無かったが……できれば、許してくれねぇか?」

「ちょっと律樹……」


 律樹は腰を上げてテーブルに手をつくと、オレに向けて頭を下げてきた。


 二人もまた幼馴染……強固な友情がある。

 律樹もまた、夕果と同じ気持ちなんだろうか。

 わからない。

 まるで自分のことのように、律樹は謝っていた。


「……まだ、律樹の動機を聞いてない。それからで、いいか?」

「そう……だな。ああ……マジで、そうだな……」


 一度上を向いた律樹は……次にを決めた顔をした。


「俺はさ……情けないことにさ、お前に嫉妬して……夕果に協力したんだ」


 ――恋愛を否定するどころか。

 嫉妬だと……?

 それは……誰かに対する恋心を意味する。

 もし……その相手がグループ内の誰かだったら尚更、なぜ夕果の計画に協力したのかわからなくなる。

 そして――。


「俺、七海のことが好きなんだ。でもあいつは俺に興味なさそうだしよ……突然、七海とあんな親し気に話す野郎が現れて、焦って……」


 放心するように言葉は止まり、気力が抜けたのか、ドスッと席へと座り込む。

 上を向き、目元を手で覆う律樹。


 いつも強気で頼りになる律樹に対して、どう言葉をかけていいのかわからない。


 しばらく、静寂な空気に満たされた。

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