男友達だと思っていた幼馴染と再会したら、二人一役の美人姉妹だった話

佳奈星

第一幕:ツキナミとの再会編

第1話 幼馴染

 高校一年、ある夏の日――オレは陽キャ6人グループから、抜けた。




 オレ自身が招いた――所謂、ってやつだ。

 もっと上手く収める方法があったかもしれない。

 けど、オレには……それができるだけの人付き合いの才能はなかった。


「元々、陽キャのフリをしていただけで、結局オレは……根っからの陰キャだったんだ」


 声をかけられてビクビクしていたら、なぜか絡んでくれて……オレもあいつらに馴染んだ気がしていて、気付けばクラスの中心にいた。

 そんなつもりになっていた。そんな甘い考えに浸っていた。


 ――歯車は、最初から狂っていたというのに。


 陰キャのオレが、いつまでも陽キャのフリをし続けられるはずもなく。

 順当に、逃げるべくして逃げた。


 そう、逃げた――オレはすることを選んだ。


「今まで通りには戻れねぇよ……」


 たとえ未練タラタラだったとしても、高校生活をやり直したかった。


「――そうだ。そういや転校したのは、これが初めてじゃなかったな」


 友達なんて一人だけだった小学時代。

 今回とは違ってやむを得ない理由があった上に、オレ自身望んでいなかった類の転校を経験したことがあった。


 ……あの時は、学校が楽しかったと思う。

 高校一年生の今と比べれば、そりゃ美化しているところはあるかもしれない。

 けど、楽しかったことを疑ったことはなかった。


「きっと……ツキナミがいたからだろうな」


 ――ツキナミ。

 そう呼んでいたオレの弟分。

 転校した後も、彼とはSNSで親交があった。

 やむを得ない別れだったから、だろうか。

 実際に会えなくなっても、惜しむようにして関係は続いたのである。


 きっとそのお陰で立ち直れたんだと思う。

 別れの悲しみを分かち合えたからじゃない。

 単に……オレが兄貴分だったからだろう。

 たとえチャットだけの繋がりでも、オレは見栄を張っていた。

 顔が見えずとも、弟分相手に胸を張っていたかった。

 何となく彼にだけは、格好悪い自分なんか見せたくなくて、そのうちに立ち直れたんだと思う。


 それでも結局……オレの性根は陰キャだった。

 見栄を張っていたお陰で、中学時代を乗り切ることには成功したが……そこが限界だったんだろう。


 当時は中二病っぽいヤツも多かったから、相対的に自分はまともだと思っていた節もある。

 今思えば、それが良くなかったのかもしれない。


 進学してからも、それは同じで。

 高校一年……初めての夏を迎えたその時。


 オレ――がのてつの醜態。

 すなわち、イラストレーターであること。

 絵描きの趣味がバレてから、崩壊が始まった。


 とは、オレのことを指すんだろう。


『どう考えても小中学生にしか見えないのに、これJKなんだって!』

『うっわマジだ。鉄矢、これでシコってるん? ロリコン性犯罪者の趣味じゃん(笑)』


 ――知っていた。

 オレはそういう連中と絡んでいたのだから、そう言われることは予想がついていたはずだ。

 男女混ざった陽キャ6人のグループ。

 オレが片想いしている女子もいたグループ。

 その中で、オレの趣味は盛大に暴露された。


『あはっ! 安心しなよがの。ウチらをそういう目で見ない理由も納得したからさ』

『治療したげよっか? 鉄矢のキモい性癖、直そうよ。あたしが慰めたげる』


 ちょうしょうしてくるギャルの目に耐えられなかった。

 頭がおかしくなりそうだった。

 気付けば――腹の底から怒鳴り散らしていた。


『――――ひッ!』


 目の前の女友達が泣いていた。

 それだけはおぼろに憶えている。

 まるでオレが加害者扱いだった。


『……ユキちゃん、戸叶のこと好きだったんだよ』

『あの子なりに、ギャグで済ませようとしたんじゃん。まあ言い過ぎたのは――』


 意固地になっていたのかもしれない。

 オレに話を聞く意思は持ち合わせてなかった。

 趣味を煽ってきたのが、いつものノリだってことはわかっていたとしても、だ。

 彼女が一線を越えたのは間違いないから。


「――――――」


 だから――彼女とオレがなんて、知りたくなかった。


 好きな人を傷つけた自覚があって、平気でいられるわけないだろう。

 オレが彼らと決別した真意は、そっちの理由だったのかもしれない。

 もはやその区別をする気も、なかったのだが。


 それからクラス内では、奇異の目で見られるようになった。

 オレの心の拠り所も、いるべき場所……ネットへと戻った。


〈てっちゃん今日空いてる~? ゲームしよーよ〉

〈空いてる〉


 ツキナミには何も言わない。

 未だにオレをしたってくれているような弟分だ。

 彼と話している時だけは……心が疲弊した今でも不思議と強がることができた。

 だから、事実を淡々と述べるだけ。


〈そうだ、オレ今度……転校することになってさ。引っ越しするから、暫くゲームできないかも〉


 よく考えて、親とも話をつけた。

 あれ以上、あの学校にいられないと考えたオレは、早々に見切りを付けていたのである。


〈ホント? 東京から出るの? なんで?〉

〈一人暮らししたくなったんだよ〉

〈ふうん、で、何処に引っ越すの?〉


 理由を話す気はないと悟ったのか、次の質問だ。

 少し迷ったが、隠している訳でもない。


〈神奈川で一人暮らしする予定〉

〈えぇっ、ほんと?〉

〈ああ。お金はバイトすればいいしな〉

〈そんな簡単じゃないと思うけど〉


 もちろん家賃と水道光熱費は親持ちだ。

 あとは…………何とかなるだろう。


〈ってそうじゃなくて!〉

〈ん……どうした?〉

〈僕が神奈川に住んでるって話したっけ?〉

〈いや、初耳なんだけど〉


 現住所は大田区。

 神奈川県と隣接しているから、そういう話ならもっと前から聞きたかった。

 ちなみに転校先を神奈川県にしたのは……親からなるべく近い場所に、と言われたからだ。

 他意なんてない。


〈なんだ。じゃあ何十年ぶりに会えるかもな〉

〈うん! って、十年も経ってなくない!?〉


 文面だけでも伝わるツキナミの喜び。

 ツキナミと話していると気分が楽になって、つい口走るようにチャットしてしまった。

 書いてから少し後悔する。


 ――今のオレには……昔のように彼を引っ張る勇気もないクセに何をしているのか、と。


〈ところで、何処の学校に転校する予定なの?〉

ふたつつか高等学校〉

〈えっ!? 僕と同じだ!〉


 ……いやいや、本当に?

 そんな偶然が、あるのだろうか。

 本来なら、喜ぶべき偶然だと思う。

 ネットで繋がっているだけの幼馴染と、運命的な再会を果たすなんて、心躍るだろうから。


「……幼馴染、か」


 物語なら、こういう幼馴染は実は女の子で、運命的な再会と共にラブコメが始まるところだ。

 とはいえ現実的に考えれば――。


「ツキナミが男の子であることが、唯一救いだったかもしれないな」


 同性ならば、気ねなく相談できることも多い。

 何より新しい生活を保障してくれる相手だ。

 彼さえ誤魔化せれば、後はどうにでもなる。

 気持ちを切り替えよう。


 尤も……実はツキナミの本名なんて、忘れてしまっているけども。

 まあ向こうが気付くだろう。

 そう思えば、少し気が楽になった。

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