第2話 狙われた姉妹

 引っ越しは、金銭が関わることを除いて自分で手続きを行った。


 ――夏の南中時刻。

 電車の中では小型扇風機が今日も流行っており、少しわずらわしい。

 イヤホンで耳を塞ぎ、流行りのJポップなんかを聴きながら揺られて、そうがいの新しい街を眺めた。


「まぶっ」


 あまり変わらない街並みではあるが、高層ビルが少ないせいか、陽射しが強かった。


 本来なら今日は、いつもの6人グループで……みんなで海に行く計画を立てていたんだが、頓挫してしまったからな。

 ……まあいい。

 新しい学校生活で、青春はやり直せられる。

 オレのこれからは眩しいはずだ。


 駅から出てすぐ、なるべく日陰の作られた人気のないホテルが並ぶ裏路地を歩く。

 スマホで地図を見ながら、新居へと向かった。

 その途中、ふと視界に入った二人の女子に目を引かれる。


 ――あの子可愛いな……って何考えてんだオレ。


 ふと見受けられたのは二人の女の子。

 一人はオフショルダーのトップスにデニムショーツという開放感のあるコーデの女の子。

 もぅ一方はフローラルドレスを着こなし、サンダルとサマーハットが如何にもお嬢様って雰囲気を醸し出している女の子。


 どちらもかなりの美人だ。

 前のグループにいた頃、つるんでいた連中の影響で女を見定めるような思考に至ってしまった。

 オレがナンパしようだなんて気持ち悪いだけだ。


 ところで……二人とも何かを追い払うようなジェスチャーを繰り返しているようだが――。


「ちょっとお姉ちゃん、完全に攻撃態勢に入られていますわよ!」

「んもぅ、うるさいぞ! 頑張って追い払っているじゃんかぁ」


 近くまで来て絶句した。

 何をてんやわんやしているのかと思えば、彼女達はスズメバチを追い払おうとしていたのだ。

 ……なんて危険なことを。

 完全にスズメバチを怒らせてしまっている。

 いくらなんでも、露出の多い女子には手に余る敵である。


「ちょっ、大丈夫か!」

「んあぁ、助けてストーカーさんっ!」


 だぁれがストーカーさんだ!

 いち早く駆け付けると、なぜか不名誉な呼ばわり方をされてしまった。


 ――それどころじゃないだろう。

 オレも男なので、咄嗟に彼女達を背中に回す。

 スズメバチの軌道を捉えるのは難しいが、どうやらフローラルドレスの子を狙っているようだ。

 恐らく、最初から彼女達に近づいたのも、彼女の服の色を餌なのか花なのかと認識したのだろう。


 ここまで怒らせたのは、露出の多い方の女の子なのに……スズメバチはそちらに見向きもせず、もう一方へ一直線だ。


「帽子借りるぞ」

「あっ、あなた勝手に……」


 狙われた女の子の帽子を奪い、かぶせるようにスズメバチを追い込む。


「おらっ!」


 オレは左手で追い込まれた隙を狙って、手のひらで掴むと、握り潰した。

 そうして華麗に女の子の二人の方へ振り返った時、猛烈な痛みが手のひらに走る。


「いってぇぇぇ!!」


 オレはしゃがんで右手で左手首を掴み叫んだ。


「だ、大丈夫かな? ストーカーさん」

「お姉ちゃん……流石にストーカーじゃないと思いますの」


 二人に見守られながら、痛みに耐えるオレ。

 クールに助けるはずが、動物園の珍獣の気分だ。


「だ、だだだ、大丈夫……だったか?」

「あなたの方が平気ですの?」


 ブンブンと頭を縦に振ってみせるも、心配そうな顔をされる。

 見栄を張るのは失敗したらしい。


「あれ? ストーカーさんって前に何処かで――」

「何はともあれ、助けていただいて感謝しますわ」

「そ、そうだね。僕も助かったよぅ」


 まあ二人が無事だったのなら、それでいい。

 スズメバチに刺されたのも初めてだし、その内痛みも引くはずだ。

 とはいえ今は……応急処置を急ぎたい!


「じゃ、じゃあ……オレ、もぅ行くから」


 残念ながら美人のお二人と連絡を交換する余裕なんてなく、足早にその場を立ち去った。

 あわよくばナンパできそうかもしれないと考えたが、やはりオレにはできなかったらしい。

 これが陰キャの運命とでもいうのだろうか。

 最後までだっせーの。




 ***




 のんそうなお姉ちゃんと共に、足早に去って行った男の子の背中を見送る。

 つきみやなみにとって、それは奇妙な感覚だった。

 恐らくそれは隣にいる姉も同じ。


 小波の姉であるななが彼をストーカー呼ばわりした通り、自分たちに近づく男は経験上、ナンパ目的か何かだと思った。

 だからなのか、颯爽と去る彼の姿にちょっとだけ格好いいなと、小波は考えて――。


「ねえ小波、あの人っててっちゃんじゃない?」

「……えっ?」


 七海の言葉に小波は戸惑い、男の顔を思い返す。


 てっちゃん――七海がそう呼ぶ彼は、長年顔を合わせておらず、近々再会する予定の幼馴染。

 彼は、二人にとって無視できない存在だ。


「ま、まさか……そんな偶然――」


 疑念を述べながら、内心では少し期待があった。

 もしそうだとして、てっちゃんは小波たちに気付いている様子がなかった。

 いや……気付かれるはずがない。


 今まで弟分として接してきた相手が実はだったなんて、思わないだろう。

 しかも、で会っていた幼馴染だなんて。


「絶対そう! あんなにクールな男の子、僕はてっちゃんしか知らないもんっ」

「……だといいですわね」


 確かに彼の顔には、既視感があると感じる。

 ただそれは昔見た感覚ではない。

 もっと見たような――――。


「――気のせいですわね」


 どの道、再会の日は近い。

 彼は同じ学校に転校すると言うのだから。

 先ほど助けてくれた男の人も……縁があればいずれ会えると、小波は信じることにした。

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