第9話 恋愛なんてしちゃいけない

 かばんざつに私室に放り投げ、特に物を置いていない洋室の床に寝転がる。


 久々に運動をしたから、身体に負荷がかかっているのはわかるが、それだけがこのブレーキの壊れかけたぼうの原因ではない。

 本格的に何かを切り捨てる前に、割り切らなきゃならない問題だ。


「今度は目立たず過ごそうと思っていたのに……これじゃ前の学校の時と変わらないじゃないか」


 転入早々、もうクラス内でオレの立ち位置は出来始めている。しかも、にもな陽キャ連中と美人姉妹が付いてきた。


「いや、月宮姉妹の方が問題だな」


 彼女たちは、お世辞抜きで美人姉妹だ。

 エンスタ始めたら一週間もしない内に、そこらのアイドルのフォロワー数なんて追い抜ける。

 そんな彼女達に、助けてくれた恩返しなど言われて、絆されてる場合ではない。


 あっさり惚れでもした瞬間、がけっぷちだろう。


「恋愛で失敗するのは、もうりだ」


 オレが尤も恐れているのは、友人関係の崩壊だ。

 陽キャ連中にオレがむっつり陰キャだってことがバレるのは、まだいい。

 それだけなら、きっとやり直せたんだ。活路を見出そうとする勇気を持てたと思う。


 けど、片想いの相手に知られたことは……かなりガツンときた。

 それはもぅ無残に散りたくもなって、こうしてむざむざと転校するくらいには。


「また恋愛に浮かれて、ああなるのはもぅ――……」


 未練になってしまっているのだ。

 オレが逃げて、置いていけなかったものがある。

 まだ――オレはあのを引きっている。


 怖い。怖いんだ。

 陽キャ連中は、可愛い女と仲良くなるのに慣れているし、向こうから寄って来るものだ。

 だから本当はけたかった。

 男だけでつるむ友情関係なんて今時っていないし、あいつらだって女好きに決まっている。


 女遊びにだって何度か誘われた……その頃にはユキにれていて、どうにもしょくが動かなかったが。

 思い返せば、その時から馴染めてなかったんだろうな。


 男なんて、女にはチョロいものだ。

 ちょっと可愛くて、ちょっと愛嬌があるだけで、すぐに気を許してしまう。


「今、ユキに謝られたら、許してしまいそうだ」


 馬鹿な事を口走ったが、誰にも聞かれていないし許して欲しい。

 カッとなって、あれ以来ぜつえん状態。

 しかし時間が経てば、あの性格の悪いギャルが少しだけいとおしくなってくる。


 可愛げがあったのだ。

 月宮の美人姉妹や、楠井と比べたらおとりするかもしれないけど、オレの中では彼女が一番だった頃がある。


「たった一ヶ月も経たない時間で、思い出が美化されるなんて、思いたくもないけど」


 オレは……惚れっぽいのかもしれない。

 七海に触れられた時、彼女の髪から良い匂いがした。悪い気分ではなかったし、ちょっとかれていた自分がいた。


 あんな極上の美人にスキンシップをされて、嬉しくない男はノンケじゃないと断言する。

 ともかく、彼女達は近づくだけ危険という話。

 ――恋愛なんてしちゃいけない。


「頭を冷やそう」


 風呂場へ向かい、風呂を沸かしながらシャワーを浴びる。夏風邪は引きたくないから、もちろん冷水なんて浴びない。ぬるま湯に頭を打たれながら、呼吸を整える。


「そうだ……ツキナミ」


 ふと思い出す、幼馴染のこと。

 結局、学校で会わなかった。忘れていた訳じゃないけど、周囲に流されてしまったからな。

 他クラスへ声掛けに行ったりというような積極的な行動も、まだできていない。


 充分に浸かった後、料理をする時間も気力もないので、出前を頼んでから私室のデスクに座る。


「まだオフラインかよ」


 ジスコードを開くも、ツキナミのステータスを見るに、恐らく見ていない。

 忙しいのだろう。

 とはいえ――。


「ツキナミがオレとまともに会ってくれれば、もう少し今の悩みもなかったんだぞ……」


 どうせ自分を見つけられないオレのことを、観察して楽しんでいるのだろう。

 ツキナミはたまいたずら好きな部分があるのだ。


 それが出来るだけのあいだがらなのだが、陽キャに囲まれているオレを見て同情の一つでもしてもらいたいものだぜ。いや、彼もオレを陽キャだと思っている口だろうから、何も思わないか。


 陽キャが夜にネトゲやるかよって部分で、察してほしいものではあるが。


「あいつも、オレとの思い出を美化している節があるからな」


 口を開けば「流石てっちゃん!」と言っていた弟分。一緒にネトゲをする時も、よくオレにアドバイスを訊いたり頼ってくる奴だ。

 お陰様で、オレも見栄を張るためにネトゲをやり込んで、気付けば上手くなっていた。


 まあ、そんな過去の話はいい。

 そもそもの話だ。

 オレがツキナミと再会したいなら、転校の日に会う約束を事前にしていた。

 だが、オレはそんな提案を欠片かけらもしていない。


「やっぱりオレが――心の底ではツキナミとの再会を渋っているからかな」


 オレはあいつの兄貴分でいたい。そうするつもりで、再会するつもりだった。

 ただ望んでいる未来はそれだけじゃない。


 全部……中学の事やイラストレーターであることを吐き出していっその事、弱い自分を受け入れてもらうことも、考えた。――考えちまった。


 ツキナミはオレにとって、声さえ長年聞かずとも気心の知れた幼馴染だ。

 宏や律樹、楠井の関係を見てオレは……それでもいいかと、思ってしまったんだ。

 当然、いいわけがない。おじづくとか、そんなタマなら誤魔化す以前に鼻から心が折れていた。


「オレの心は鉛筆の芯のように繊細なんだぞ……」


 陰キャだからな。尖らせる為に削り過ぎたらポッキリ折れてしまう。だから程々で踏ん張って、甘えた考えを切り捨てないといけない。


「メンタル、弱いのか強いのか自分自身でわからねぇけど――折れてないだけマシなのか……?」


 絵描き……もとい芸術家としては一人前になるため、心のしんを現在彫刻中ってわけだ。こんなメンタルに産んだ親には感謝しないといけない。一人暮らしを強行した時点で親不孝な気もするが。


「――って、授業スケジュールとか、まだよくわかっていないし確認しないとな」


 悩んでばかりじゃいられない。

 教科書やノートなどは、足りなければ宏にでも見せてもらえばいいとして、だ。体操着や授業で使う小道具などは準備中で暫くないので、先生に相談のメールを送らないといけないだろう。


 あと学校指定のICカードが、以前の学校のものが使えずゴミと化したので、新しくチャージする必要もある。

 やることは山積み……そうこうしている内に、デリバリーサービスがインターホンを鳴らした。

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