第10話 会いたくありませーん
食事を済ませた後、デスクに戻るとジスコードに返信が届いていた。
〈名前は教えないし、見つけてみてよ〉
〈なんで会いたくないのか、考えてみるといいさ〉
急にどうした?
会いたくないって……オレが何かした?
というか――
〈その言い方だと、オレのことわかったのか?〉
〈ふふん、一目見てわかったよ。てっちゃん変わってなかったし〉
マジか……同じクラスなら自己紹介で、気付けたかもしれないけど、他クラスだとしたら凄いかもしれない。
ここまで自信満々な物言いなのだし、他クラスっぽいけど、よく7年近く会っていないのに気付けたものだと感心する。
一応鎌をかけておくか。
〈他クラスだったから……がっかりしたとか?〉
〈なっ。僕が高校生になってまでボッチと思われてるのは心外だぞ〉
だぞ……?
ツキナミらしくない語尾に、怒っているのか心配になる。
まあオレの言い方も少しキモかったかな。
まったく、男相手に何を言っているのか。
結局、鎌には引っかかってくれなかったし……。
〈そんなつもりはないって。元気ならいいんだ〉
〈なにさ。僕が体調崩して休んでいるから欠席してるかもって?〉
〈昔、そういう時もあったろ。心配するのは当然だ〉
〈なっ、卑怯なことは言う〉
何処が卑怯なのかわからないが、実際に体調を崩して一緒に遊べない日があったことは憶えている。
完治してからも、
弟分だからこそ、弱弱しく扱うのは失礼だと思って、言葉にはしなかったけど。
〈あれは……実はちょっと違うんだ。僕の体調が悪かった訳じゃなくて〉
〈ん……? じゃあなんだ?〉
〈あ、いや、ごめん。忘れて! ここからは有料!〉
〈金ならあるぞ?〉
〈ひ、卑怯だっ!!〉
とにかく聞かれたくない話だったらしい。
ツキナミがオレにも話せない話、当然気になりはする。
だがそれより、なんだか……少しだけ安心した。
オレだけがツキナミに隠し事をしている訳じゃないってことを知ったからだ。
彼も人間なのだから当たり前の話だけど、兄貴分のオレばかり頭を悩ませ余裕がないと知れたら、威厳に関わる。
…………そういう最低な理由で安心した。
「ツキナミを下に見たりしてないのにな」
無自覚なのだろうか、だったら更に最低だ。
そうではなく、きっと同類を見つけて安心しているだけだと信じたい。
〈んで、なんで会ってくれないんだよ〉
〈え、それは……そう! 当ててみてよ!〉
どちらが卑怯なんだ。
何のヒントもないのに……何なんだ。
怒っている、という訳ではなさそう。
妙に一歩引いているということは、意図するだけの理由がある証拠だ。
そこで、一つそれらしい推測が頭に浮ぶ。
〈もしかしてツキナミ、あの月宮姉妹に惚れてるのか? んで絡んでいるオレに嫉妬したんだろ〉
〈ど、どどど、どういうこと? 月宮小波と月宮七海さんのことなら知ってるよ?〉
おお、ちゃんと名前は出てくるのか。
最悪の可能性として、同じ学校じゃないとか杞憂もあった。
しかし反応としてはよくわからないな。
ツキナミも男なのだから、あれほどの美人には興味の一つあるだろう。
〈確かにあの姉妹と目を付けられてるみたいだけど、恋のライバルとかにはならないし、安心しろ〉
〈えっあ、うん? あー、えっと。どうしよう〉
なんか思ったことそのままチャットしていないか? それとも音声入力でもしてミス入力なのだろうか。
もしかして、もう
〈本当だぞ。あの姉妹とは転校する前からちょっと会う機会があっただけ。それだけの関係なんだ〉
〈…………〉
何故そこでノーコメント。
と思っているも、すぐに次のチャットがきた。
〈そうには見えなかったよ〉
〈噂であの姉妹が男子苦手なのは知ってるけど、マジなんだって〉
本当に嫉妬しているのだろうか。
あの姉妹は悩みの種を増やしてくるな。
〈とにかく、美人姉妹にデレデレしているようなてっちゃんとは会いたくありませーん〉
あれ、なんだか雰囲気変わったか……?
ツキナミっぽくはあるのに、ツキナミっぽくないという、アンビバレンツな感覚に陥る。
まるでオレが美人姉妹に鼻を伸ばしていたような言い方だ。
しかしここで言い返してもいいことはない。
ツキナミは何故か不貞腐れている様子だし、割と本気で、美人姉妹に目を付けられたオレのことが気に入らないらしい。
兄貴分としては悲しい限りだけど、ここで寛大なところを見せてこそ兄貴分って訳だ。
〈わぁったよ。けど、名前のヒントくらいくれてもいいと思うんだけどな〉
〈うーん、じゃあヒント! 僕はツキナミなんて名前じゃないよ〉
〈知ってるわ!〉
そうだったら名前を聞くわけがない。
サプライズのつもりなのかわからないけど、あの美人姉妹関係なら、早く誤解を解きたいものだ。
距離を取れるなら、オレの方から離れるっていうのに。
隣の部屋に住んでいる以上、近所づきあいは避けられまい。
〈大体、てっちゃんはどうしても僕に会いたい理由があるの?〉
よくぞ聞いてくれた弟分よ。
〈お前が寂しいかと思ってだな〉
〈だからボッチじゃないって〉
ん……??
なんかチャットだけなのに、ツキナミが情緒不安定みたいに感じる。
気のせいならいいんだけど。
〈ツキナミと会いたいだけなんだがな〉
〈そういっておけば喜ぶとでも?〉
いや、喜ばせるために聞こえないだろう。
親友と会いたいだけなのに大袈裟だな。
〈じゃあ、この地域の案内でもしてくれよ〉
〈知らないとおちおち女の子とデートにもいけないもんね~〉
〈皮肉はよしてくれ。真面目に住んでるところは知っておきたいんだ〉
適当にぶらつく時に、寄れる場所は高校生にとって重要だ。
引きこもってばかりで絵を描いていても首と肩が痛くなるだけだから、リラックスできる環境は大事なのである。
〈ふんだっ! てっちゃんは月宮姉妹にでも頼めばいいんだよ! 仲良いんでしょ~〉
会って間もない彼女たちが、そんなナンパ紛いなオレの誘いに乗ってくれるわけないだろう。
同性ならともかく、男に誘われて……ないな。
〈なんで彼女達を連れてまで、えっちらおっちら地域徘徊するんだよ……〉
地域を散歩するだけに過ぎないから、ツキナミを誘っているというのに。
美人は余計な虫を引き寄せるから、重いんだよ。
今のオレは、悩み事だけでお荷物パンパン背負ってる。
〈え、えっちなんてなんだよぅ、
〈そういう意味じゃねぇよ!〉
ジョークが通じない奴め。
初心なところは相変わらずみたいだけど、そんな勘違いはあんまりだろう。
結局、説得は難しそうだったので諦める。
まあツキナミの言う事も間違ってはいない。
月宮姉妹はオレにお礼をしたい様子だったし、それで貸し借り無しにするのは、悪くない。
一つ一つ悩みを減らしてから、今日も床に就いた。
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