第11話 クラスメイト達の嫉妬

 転校先の学校で、すぐに目立ってしまったオレだが、良くも悪くも人は集まる。

 宏や小波がいないすきを狙って、クラスの男子達は話しかけてきた。


「なぁ、どうやって月宮姉妹と近づいたんだよ」

「俺も気になる」

「紹介とかしてくれよー」


 ――月宮姉妹。

 高嶺の花のような存在である妹の小波と、学園のアイドルである姉の七海。

 彼女達はオレの想像以上にモテるらしい。

 仕方ないので、オレは率直に言い返した。


「オレが知りたいくらいだぜ。どうすればデートに誘えると思う?」


 誰かが「自慢かよ」と愚痴を零す。

 せめて下心を隠してオレと仲良くしてくれようとでもしてくれれば、乗ってやったのに残念だ。

 男子たちの気持ちもわかる。

 きっと誰かが抜け駆けしようとして、焦った結果なのだろう。


「そんなの俺達に紹介してくれればいいよ、戸叶。誘ってみせるよ」


 奥の方で静観していた男子が一人、オレの前に出てきた。

 目の細い眼鏡をかけた胡散臭い顔の男子。

 思ったより図々しい奴も混ざっているらしい。

 とにかく、オレに橋渡ししてもらえば彼女達に近づけると考えているらしい。


「へぇ……それはいいな。興味でてきた」


 あえてオレは話がわかるような物言いをした。

 オレの反応を見た眼鏡くんはニヤッと口角を釣り上げて、したり顔になる。

 だが……彼もまた他と変わらない。

 自分のことばかりで周りが見えていない。


「おい北本、それじゃあ俺達も一緒に」

「そうだぜ戸叶、俺らも役に立つからさぁ」

「いいよな? 戸叶」


 お互い抜け駆けを許さない男子達のことだ。

 そんな自分でも取って代われることを提案されれば、対抗するのが目に見えていた。

 眼鏡くん、北本は面白くなさそうな顔をする。


「うーむ、流石にそんなに多いのは困るな。一人二人いれば充分だし……」


 オレが困った顔でそう言うと、ざわっと連中の空気が変わった。

 誰に頼むかわからない以上、オレの気を伺うことしかできない。

 こういった連中には前の学校でも絡まれたことがあるからな。いなすのは慣れている。


「お、俺は最初に提案したんだ。是非とも協力させてほしい」


 北本は片手を小さく挙げて、周りに「いいよな?」と圧をかけていく。

 椅子取りゲームだ。

 他の男子達は、嫌な顔をする。

 この辺で止めておくか。


「いや……北本だっけ? お前も辛気臭い顔しているし、今回はやめておこうか」

「待て……そんな簡単に――」

「だって、なんかお前ら、空気悪いし」


 周囲の男子達と一人一人、顔を合わせていく。

 オレが「面倒」に感じたことは、もう伝わってくれたはずだ。


「オレの所為で、クラス内に不和を起こす訳にはいかねぇし、一人で頑張るよ。ありがとうな、お前ら。気持ちだけ受け取っておく」


 パンパンと手を合わせると、解散を呼びかけるまでもなく、男子達は散っていく。

 まったく男に囲まれても暑苦しいだけだ。

 ようやく一息吐けると思った時――。


「へぇ、やるじゃん」


 背後に振り返ると、そこにはくすのがいた。

 いつの間に……いつからそこにいたんだ?

 ホッとした瞬間の出来事に、肝が冷える。


「楠井って、他クラスじゃなかったか?」

「気にするな~。律樹だってよく来てるし、いいじゃんか」


 そんな話は初耳だ。

 仲良しらしいし、そんなイメージはあるけども。

 宏がいれば彼目当てと解釈もできるのだが、まさかオレに会いに来たわけでもあるまい?

 と、思っていたのだが――。


「なんか転校生が虐められてると思って、心配していたんだよ。さなみん達目当てだなんて、今に始まったことじゃないし」


 そんな気はしていた。

 あいつら目が血走っていたからな。

 だけど、ああいう輩はオンラインゲームでもよくいるタイプだし。

 そうそう、ツキナミが絡まれる度にあしらっていたから、自然と慣れちまったのだ。


「いやいや、あれくらいどうってことないだろ」

「……その感覚は、ちょっと変だと思うけどね」


 楠井に、じっと目を合わせ見つめられる。

 奇妙なものを見る目が、少し怖い。

 ――なんだろうか。

 あまり見ないでほしい……楠井も美人だから、惚れてしまったら大変だ。


「…………」


 ――おびえていたこと、見抜かれていないよな?

 オレが得意なのは、良くも悪くも他人に流されることだけだ。

 人付き合いを主体的にしたことなんてない。


「や、いやぁ……上手く断れてよかったよ。本当は心臓バクバクだったんだ」

「あはは、そうなの? どれくらい鼓動が激しいのか、訊いてみたいなぁ」


 そう言って、楠井はオレのむないたに手をついて、あろうことか耳を近づけていく。


 ――不味い。

 そんな直接確かめるようなこと……これでは嘘がバレてしまうじゃないか。

 絶対絶命に感じたが――。


「あ、本当にバクバクいってる! あはは、やっぱ戸叶くん面白いね」

「っ……?」


 言われてやっと、自分の鼓動が激しくなっていることを自覚した。

 美女の不意打ちなスキンシップだ。

 心臓はバクバクというよりドキドキだったが、間一髪にもオレの男心が嘘を隠し通してくれた。


「ふぅん」


 耳を離し、次には意味有り気な声をらす楠井。


「なんだよ。オレの顔に何か付いているのか?」

「ううん。じゃあね」

「おう」


 返事をする前に、楠井はきびすを返した。

 一瞬振り返りオレに小さく手を振ってから、教室を出ていく。

 少し自分勝手なところに、既視感を覚えた。

 前の学校で仲良くしていたユキ……そう呼んでいたギャルと、小さな仕草がいた。


 思い出しがてら、無意識に息をむ。

 まさか本当に惚れてはいないが、彼女に対しては、色んな意味で警戒しなければならなそうだ。




 ***




「先輩も人使いが荒いな」


 昼休み、は部活のことで呼び出されていた。

 ようやく用事が済んで、教室へ戻ろうと廊下を歩いていたその時のこと。

 自分のクラス前に着いたところで、とある顔を見つけて声をかける。


「夕果? うちの教室に用でもあったのか?」

「なんでもないよ~ん」


 夕果ははぐらかすと、自分の教室へと逃げ去る。

 次の授業もあるし、宏は夕果を引き留めない。

 だが、たったそれだけの返答に、宏は薄く寂しい表情を浮かべた。


「……いけないな。誰かに気取られないようにしないと」


 口元を手で抑え……隠す。

 宏には、自分が高校生になってようやく夕果にをした自覚があった。

 学校では多くの女子にモテているものの、困ったことに幼馴染相手には奥手になってしまう。


 さっきもそうだ。

 胸に小火を点火するも、すぐに消しさった。

 しかし、焦っても仕方ないということを、彼はよく知っている。


 教室前方の扉から戻ってきた宏は、すぐに自分の席へと向かう。

 そんな時――ふと鉄矢の顔が目に入る。


「なにほほあかくしているんだ? あいつ」


 鉄矢の顔を不思議そうに見ながら、ボソッと呟いた。

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