第12話 律樹の恋

 中学の頃のりつにとって、バスケはただ得意だったスポーツに過ぎなかった。

 好きでも嫌いでもない。

 ただ身長が高いからみんなに頼られて、律樹もそれが嬉しかった。

 そんなバスケが特別になったのは、つきみやななとの出会いだった。


 高校入学して早々のことだった。

 近場の公園のバスケットコートで、彼女はレイアップを繰り返す七海がいた。


「ううーん。センスないのかなぁ」


 上手くはない。

 けど頬をポリポリく美女は悩みながらも、とても楽しんでいた。

 自然と惹かれていく足。

 そんな彼女を見た律樹は、彼女へと近づいて、気付けば声をかけていた。


「なぁお前、夕果と同じクラスの月宮だろ」


 彼女のことは夕果から聞いていた。

 そうじゃなくても、学園のアイドル的存在として有名だったが。


「んぇ? あー! ……新藤律樹くん?」

「……よくわかったな。初対面だってのに」

「えへへ~、正解だっ!」

「夕果から聞いたんだな?」

「また正解だっ! いつも小波の所為でアホの子扱いされてるけど、地頭はいいんだよぅ」


 図に乗る七海に、律樹も思わず笑ってしまう。

 中学から付き合いのある夕果から話を聞いていた通り、自分達と気が合うと感じた。


「んでよ、バスケ好きなら部活でも入ればいいんじゃねぇの?」

「ノンノンだよぅ。ぼかぁ本気でやりたいんじゃなくて、楽しみたいだけなんだぞ」


 人差し指をゆらゆらと横に振って見せる七海。

 そのまま可愛らしくニッと微笑む。

 一生懸命レイアップの練習をしていた女子から出た台詞だとは思えず、律樹は吹き出した。

 次いで、七海の手に持ったボールを奪い去る。


「おおぅ!?」


 そのまま少し位置を移動してスリーポイントシュートを打ってみせると、七海は唸った。


「上手いんだぁ」

「まあな。俺もバスケ部だし」

「ほーっ、部活でもそんな楽しいのかな。興味持ってきたよぅ」


 予想外の返答に、律樹はハッと息を呑んだ。

 それは「自分は今、部活で楽しんでいたのか」という自問自答だった。

 律樹にとってその言葉は、いずれ部活を頑張るきっかけになっていく。


 そして――七海にきっかけにもなったのだ。




 ***




 バド部の練習に参加したんだからという理由で、律樹は鉄矢を今日の部活に誘った。

 仮入部させる形で先輩と顔合わせした時のこと。


「こいつ、仮入部にきた鉄矢っていう転校生なんすけど、いいっすよね?」

「お、おう。――って、おいお前……っ!」


 部活の先輩が、素っ頓狂な声をあげた。

 困惑する律樹だったが、冷静になった先輩が鉄矢に問う。


「お前って……章徳出身じゃね?」

「は、はい。そうですけど……初対面ですよね?」


 やや食い気味な質問に、鉄矢は不思議そうな顔で対面した。


「春季の大会、出てたろ。まさか章徳のバスケ部が来るとはな……歓迎するよ」

「いや、オレは律樹に誘われただけで、ちょっとバスケしたいだけなので」


 章徳高校のことなら、律樹も知っていた。

 無名にも関わらず、春季大会ブロックにおいて、蓋不束に辛酸を舐めさせたバスケ部の高校。

 まさか鉄矢が章徳高校出身だなんて、律樹は知らなかったのだが――。


「先輩。鉄矢のこと、どうして知ってるんすか?」

「春季の大会、こいつが強くて、うちのチームは負けた」


 律樹は耳を疑った。

 レギュラーではなかったが、大会には律樹も顔を出していたからである。

 対戦相手の顔まで憶えていなかったが、まさかそうだったのかと、鉄矢を見る。


「いやお前、章徳でバスケやったんだろ? うちが強豪校だから、転校しに来たんじゃないのか?」

「バスケ部所属じゃありませんでしたよ」

「な……ッ!」


 大会に出れるような人材が、そもそも部員でないと言った。

 冗談にしか聞こえない。


 大会に出れるような人材が、そもそも部員でないと言った。

 冗談にしか聞こえないが、鉄矢の表情は真剣だ。


 眉間にしわを寄せ、鉄矢を睨む先輩。

 鉄矢の言葉から、入部する気がない意志を感じ取ったからだろう。

 そこで律樹も声をかける。


「もったいねぇ。やっぱ入れよ、鉄矢」

「ああ、過去のことは気に喰わないが、戦力はほしいし歓迎するぞ!」


 先輩も自分たちよりも強い選手にチームを引っ張ってもらいたい――と考えているようだ。

 強豪と呼ばれる蓋不束高校バスケ部の現在は、強いリーダーシップのあるキャプテンがいない。

 皆が皆、平等に強い。


 それだけに、一度の敗北が根強く心に残っていて、鉄矢のような選手を求めている。

 だが、鉄矢の返答は思いの外だった。


「悪い律樹、そうじゃないんだ。オレ、一人暮らしでバイトが忙しくなるから」


 律樹だって多少のバイトはしている。

 でも、いくら一人暮らしのためにバイトしているからって、両立は難しくないはずだ。


「それはわかんだが……バイトって、何をしているんだ?」

「……言いたくない」


 その瞬間、ほんの少しだけ鉄矢は妙に怖い顔を律樹に向けた。

 律樹は本能で感じた。

 きっと触れてはいけない質問だったのだと。

 頭の良くない自覚がある律樹は、すぐに考えを改めた。


「じゃあ仕方ねぇな! すんません先輩。少し借りるだけでいいっすか?」

「あ、ああ」


 やり合うのは1 on 1。

 久しぶりだと言う鉄矢のバスケは、そこまで強くなかった。

 本当に先輩方を打ち負かした章徳のエースなのかと疑ったが、何回か相手をする内に妙な感覚に気付く。


 鉄矢は、フェイントとパスが異様に上手かった。

 その根幹は、手先の器用さという律樹にはまだ足りない技術である。

 そして最終的に――。


「ふぅ、ようやく勝てた。流石、律樹は強いな」

「はっ息が荒いぜ、鉄矢。次はまた勝つからよ」


 調子の良いことを言葉にしながらも、律樹は内心で焦り出していた。

 ティルト状態のためかミスも増えてきて、やがて勝率がひっくり返りそうになった。

 だが、鉄矢が体力を切らし対戦終了。


「楽しかったぜ、鉄矢。またやろうや」

「……おぅ」


 ギリギリ負けなかったものの、律樹の中では楽しかった。


 ギリギリ負けなかったものの、楽しかった。

 どこまで鉄矢が強くなるのかという恐怖なども、身体を動かしている間に吹き飛んでいく。

 そんな程度には、律樹は単純な性格だった。


 だが――バスケ勝負の外であればどうだろう。


「うぉおいっ! こんなところにいたよぅ」


 帰りの仕度をする中で、現れたのは七海だった。

 律樹は彼女の姿を見て、自然と高揚するような気分になる。

 だが、七海が駆け寄ったのは鉄矢の方向だった。

 律樹の中で、何かがモヤっとしだす。


 ただでさえ、自分の得意種目であるバスケで迫るような相手。

 それ以外で、自分が勝るものが幾つあるだろう。

 特別な目で見てしまう女子が、嬉々として他の男の腕を手に取った。


「……っ、よくねぇな」


 良くない感情を、律樹は心の中に閉ざした。

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