第8話 美人姉妹の悩み

 風呂上りに、同居している姉の七海が壁に耳を当てている。

 そんな奇行を見て、小波はハァっと溜息を吐く。


「お姉ちゃん、何をしていまして?」

「ほら、てっちゃん何しているのかなぁって……」


 そんなことだろうとは、小波も一目見てわかっていた。

 しかし、今彼が何をしているのかなんて、となりの戸を叩けばわかる話。


「はしたないこと」

「もーぅ、小波が内緒ってことにしようとか言うからそうしたけど、面白くないよぅ」


 小波が七海にダメと禁じているから、ツキナミの正体を明かしていない。

 隣の部屋に住んでいることが発覚して、更に難しい状況となった。


 だが七海は納得していないらしく、ソファーに寝ころびながら足をバタ足させた。

 お行儀が悪い姉と、真逆の妹。

 どうして自分たちがをやれていたのか、小波はときどき不思議に思う。


「いいんですの? このままで。てっちゃん、『僕達』のことを完全に忘れていましたのよ」

「別にそんな怒ることかなぁ」

「怒ってなど、いませんわ」


 怒ってはいない。

 気付いてくれないことにはムカッとするけど、小波もまたすぐには気付けなかった。

 だから、そこはもぅ許している。

 そうではなく、折角の再会で小波達がツキナミだと明かすには、デメリットがあるから。


「急に幼馴染だと思っていた男友達が女の子でしたってなんて、普通どうなると思いますの?」

「どうなるの……?」

「距離を取られるだけでしょうね」

「そ、そっかぁ」


 両手の人差し指を合わせながら、数十度首を傾ける七海。

 これはわかっていない顔だ、と小波も気付いて困った顔を浮かべる。

 昔みたいに鉄矢と仲良くしたい気持ちは、七海も小波も同様だ。

 ただあの頃とは訳が違う。


「お姉ちゃん、わたしとお姉ちゃんは女の子で、てっちゃんは男の子ってことを忘れないでくださいな」


 七海と小波の思春期はとうに過ぎた……というより、拗らせたまま終わった。

 その証拠に、親戚を頼りこうして実家を出てきているくらいだ。


 小波がまともだったから父親も許したとはいえ、男性に対する不信感はひろがるばかりだった。

 理由は、これまでに何度も男子に告白をされて面倒を被られてきたことが主だ。


 今やこっけいな話でも、だれだれが好きだった男の子が七海を好きになったからっていう女子同士の喧嘩があったことは事実。


「わたし達女子の目線だけではわからないことが多いんですの」

「てっちゃんは男だから、僕と小波にれちゃうってこと?」

「……違いますわ。てっちゃんも自分が男だと知っていますもの。わたし達に気を遣うに決まっていますから」


 七海が腹の虫がおさまらないという表情を浮かべる。

 あまり我慢強くないことは小波も承知していたものの、自分の説得にここまで応じてくれないのは、やはり相手が「てっちゃん」だからだろう。

 一度、なだめる必要があると小波も考えるが――。


「で、でも……男女でもずっと一緒って子もいるよ? ゆうゆうがそうだもん」


 まさか小波の考えの方を否定しようと試みだすとは、小波自身そうがいのことだ。

 ゆうゆうというのは、七海のクラスメイトである楠井夕果に他ならない。


 確かに夕果は宏や律樹と友人のままよく遊ぶ仲だと、小波も聞いている。


「あの三人はずっと一緒にいたからですわよ」

「僕もネットで繋がっていたんだぞ! ぜったいぜったい一緒だよぅ!」

「騙して繋がっていたことが問題なのですわ」


 小波の言葉に、流石の七海もハッと口を開き、次には黙り込む。

 元を辿たどれば、自分たちが女子であることを隠したのは七海からだった。


 きっと深い理由は存在しない。

 ただ鉄矢の勘違いが面白くって、そのままにしていたという、おさなごころぎない。


「ごめんなさい。今更お姉ちゃんを責めている訳ではありませんの」

「わかってる。これから、また昔みたいに仲良くなるためだよね」


 伝えたいことを細かく理解しているようには思えないものの、結論として小波の伝えたい要点はわかってくれた様子に、小波はほほむ。


 ツキナミとして彼と対面するのは、出来るだけ慎重でないといけない。

 時間は限られているけど、それが最善だ。


「幸い、てっちゃんの性格は昔とあまり変わっていませんわ。あっという間にクラスの中心ですもの」


 自分たちが原因で鉄矢が男子達から目のかたきにされていることを小波は知っているけど、むしろ好ましい状況。

 あの程度、鉄矢は歯牙にもかけていないと小波は目している。


「そだっ、幼馴染としてじゃなく、僕が普通に仲良くするのはいいんだよね?」

「良いも何も、その方向性でいくしかありません。一応、てっちゃんはわたしとお姉ちゃんの恩人という立場ですもの」

「近づく口実には丁度いいね!」


 小波は静かにその通り、と頷きながらノートパソコンを開く。

 落ち着きはないが、七海は決して馬鹿ではない。

 ちょっと察しが悪いだけなので、ヒントさえ出せば勝手に理解してくれる。


「では、やる気もでてきたところで、てっちゃんとお話したらどうです?」


 ジスコードの画面をスクリーンに映し、七海に見せると、目を輝かせた。


「え、いいの!? 今日って 小波がてっちゃんと話す日だよね」


 ツキナミが二人一役である以上、その活動は日によって交代している。

 今日は小波が担当する日なのだが――。


「えぇ。今日はわたしの課題もこなして疲れたでしょう? 楽しみの一つも大事だと思いますの」

「こっ、小波~! 僕、これがあめむちってわかっていても嬉しいよぅ!」

「では、わたしは自分の部屋でやることがありますので、頼みましたわよ」

「はぁい」


 小波は微笑んでノーパソを彼女に与えると、さっそうとその場を離れる。

 七海は、これがむちであることを知らない。

 その後で、あんじょう「うぎゃぁぁ~~~!?」という七海の声がリビングから響いた。


 きっと学校にいる間に届いた、「てっちゃん」からの未読通知の対処に悶えている頃だろう。

 どうせ途中でギブアップするだろうから、小波も七海にすべて任せるつもりはサラサラない。


 ところで――小波は自分の椅子に座らず、壁にりかかる。


「…………となりにまで響かないか心配ですもの」


 小波はそっと、隣の部屋と仕切られた

 悲鳴が響かないか心配と自分の口で言いつつ、内心では小波も気になっていた。

 残念ながら、生活音がほんのかすかに聴こえるだけで、小波はちょっとがっかりした。

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