第41話 森乃忍のアドバイス
――小波のイラストにアドバイスをした後。
オレは心のモヤモヤが晴れないまま、自分の部屋で静かに過ごした。
当然、丁度出来上がっていたイラストを投稿する気にもなれない。
このイラストを見ると、どうしてもオレの頭には小波の顔が過る。
……モデルにしているのだから当然だ。
七海に見られてしまった以上、公開には少し日を置いていた方がいいかと思っていたけど、本格的にそうした方がいいだろう。
〔徹夜狂い:森乃先生、今いいですか?〕
〔森乃忍:え、何々……その呼び方、もしかして真剣な話かな〕
こういった悩みは同業に相談するに限る。
森乃忍はその点、年上なこともあって、何より話が早い相手だ。
〔森乃忍:そういえば、前にラフ見せてくれたイラストあったじゃない?〕
〔徹夜狂い:完成版を見せたら、相談に乗ってくれますか?〕
〔森乃忍:あれ? 完成したのに投稿しないんだ〕
森乃忍ならそう言ってくれると思っていた。
オレはすぐに完成したイラストを送信する。
サンプルラベルのレイヤーを重ね忘れてしまったが、特に気にしない。
〔森乃忍:わぁ際どーい。てかこれ、既視感が――前も似たの描いてたっけ?〕
〔徹夜狂い:見せたんで、相談乗ってもらいますよ〕
了承したと見なして、チャットを続ける。
はっきり言って、今回ばかりは彼女を頼ざるを得ない。
〔徹夜狂い:以前、森乃先生に教えてもらった色紙式部とリアルの方で接触したかもしれません〕
〔森乃忍:ふうん、え?〕
〔徹夜狂い:元々の友達が、色紙式部でした〕
〔森乃忍:ええー、えー? えーー!? マジ? って……お姉さん以外に女友達いたんだ〕
……失礼な。
あくまで小波がイラストレーターであることは誰にも話していない。
ただ色紙式部のことを他人に相談するのはセーフだろう。
小波にこれからもアドバイスを続けるなら、専門家の話は聞いておきたい。
それにしたって、真剣な話だってわかっていながらも森乃忍らしい惚け方だ……。
〔森乃忍:えっと、それがどうしたの?〕
〔徹夜狂い:色々あって、オレはイラストのアドバイスをしました〕
〔森乃忍:ほぅほぅ……憧れのテツヤくんからのアドバイスなら嬉しいだろうね〕
森乃忍も色紙式部の呟きは追っているようだ。
まあ自分の絵柄と似ているのだし、一応確認くらいはするか。
……なら、話が早いだろう。
〔徹夜狂い:いえ、オレは自分が『徹夜狂い』だとは明かしていません〕
〔森乃忍:あ、そなの〕
〔徹夜狂い:色々あったんです。それで……〕
〔森乃忍:おっけー、じゃあ本題話してちょ~〕
詮索してこないのは、森乃忍の信頼できる部分。
まあ彼女のことだから……オレに対してだけかもしれないが。
〔徹夜狂い:多分気付いていると思いますが、色紙式部のイラストのルーツは森乃先生ですよね〕
〔森乃忍:ま、そうだね〕
〔徹夜狂い:なので、その点を指摘しました。オリジナリティがないとも〕
森乃忍もきっとわかるはずだ。
色紙式部のイラスト投稿は、ただの承認欲求を満たすこと以上に役に立つことはない。
これ以上成長しないことなんて、絵描きなら一目瞭然だとも。
〔森乃忍:言い過ぎたかもって思ってる?〕
〔徹夜狂い:そんなところです。さっき言いましたけど、友達なので〕
〔森乃忍:そうだねぇ。テツヤくんが正しいんだろうけど、気にしちゃうか〕
察しがいい……。
森乃忍は、オレの性格をよく理解している。
だからこそ、彼女に相談しようと考えたのだが。
〔森乃忍:うーん、そうだねぇ……〕
何かあるのだろうか。
――そう思った時のことだった。
スマホのバイブレーションが、机の上でぶるぶると音を立てる。
〔徹夜狂い:すみません。切り上げなければならなくなりました〕
〔森乃忍:おけい。じゃ私も一言だけアドバイス〕
〔森乃忍:今テツヤくんが私に送ってくれたイラスト。なるべく早く投稿しなね〕
よくわからないアドバイス。
だが、ありがたく受け取っておこう。
さっそく、森乃忍とのチャットを閉じて、玄関に向かった。
スマホに来た通知は、いつも通り七海からだったのだ。
「よぅ、部活帰りか?」
「うんっ! って、そうじゃないんだよぅ」
「ん……?」
フワッと七海の汗の匂いが漂う。
いつも通り勝手に靴を脱ぎ始めるかと思えば、彼女は家の鍵をしっかり二つロックした上で、チェーンまでかけた。
心配しなくても、合鍵を持っているのは管理人さんくらいだと思うのだが……。
オレと七海との関係を考えれば、邪な考えが浮かんでしまうのも無理はないだろう。
――ふと、オレは息を呑んでいた。
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