第42話 もう引き返せない

 たかが家の鍵を厳重に閉めただけ。

 だがそれは、七海らしからぬ細かな行動だ。


 そうして段々と近づいてくる彼女に、不気味な何かを感じとる。

 だが、次に七海の発した言葉は予想外のものだった。


「なんだか、小波が元気なくて……」

「……あ」

「僕もいたたまれなくて逃げてきたんだぞ」

「…………」


 そう言った七海は、無意味にオレの手を掴んで、リビングまで歩いていく。

 小波が元気ないと聞くと、今更ながらに後悔の念が絶えない。

 原因の一端は間違いなくオレにあるから。


「ま、まーその、てっちゃんに会いにきたのは、それだけが理由じゃなくて……」

「ん? ああ、ゲームするか?」


 小波の話じゃないなら、何でも歓迎しよう。


「そ、それもしたいけど、違うんだよぅ……はい、これ! ぷ、プレゼントだぞ」


 すごく緊張した様子でもじもじする七海。

 よくわからないままオレの手に渡されたのは、厚みのある封筒。


 中身は何だろう。

 一瞬、札束でも入っているのかと思えば、手触りからして写真の束だろう。


「僕ね、てっちゃんが付き合ってくれないからって、気持ちが薄れたりする訳じゃないんだぞ」

「そんなの疑ってないよ」


 正直、こちらは複雑な気持ちではあるけど。

 実際には七海に呆れられても、グループを脅かす何かが一つ消えるだけだとも捉えられる。

 しかし好かれるのが決して嫌なわけじゃない。

 七海は美女だし、男として優越感がないと言われれば嘘になる。


「それでも僕は、てっちゃんを悩ませることはしたくなくて……それを証明したいんだよぅ! だから、その中身、見てほしいんだ」

「ああ、わかった」


 写真ともなれば、昔一緒に撮った懐かしの写真を印刷したのだろうか。

 などと軽く考えながら中身を取り出すと、1枚目から衝撃が走った。

 まず目に入ったのは、肌色だった。


「――ッ! おまっ、これ……は?」


 正気を疑った。

 中身は……洗面所で撮られたであろう、七海のヌード写真だった。

 さまざまな角度から、まるでグラビアアイドルのように色々なポーズを撮ったものが何枚も。


 そこに写された七海の一糸まとわぬ姿には、見たこともなかった……あるいは彼女さえ知らないかったかもしれない黒子までも、映されている。


 赤面した七海の顔から始まり、吹っ切れたのか満面の笑みを浮かべている写真で終わっている。

 何枚もの写真を凝視していると自覚するまで、何秒経っただろうか。


「――はっ! こ、こんなもの……オレに見せるのはやめろ」


 オレは写真の束を封筒に閉まって、七海に差し向ける。しかし彼女は受け取ってくれない。


「むうっ、こんなものっていいながら、写真全部確認した癖にーっ」

「……うっ」


 そりゃオレだって男なのだから、興味はある。

 しかも彼女は、同級生で学園のアイドル的存在。

 かつ、実は幼馴染だった女の子のそんな写真を見て、目を逸らすなんてことはできなかった。

 正直……情欲に負けたとも言える。


「恥ずかしくないのかよ、七海」

「はっ、恥ずかしいに決まっているんだぞ! でも、でもでも――」


 耳まで朱色に染まった顔で、若干涙目の顔で七海は言葉を続ける。


「僕はてっちゃんのモノなんだって、知ってもらいたいんだよぅ!」

「な、七海の好意は嬉しい……大変嬉しいけど、流石にこれは――」


 こんなモノどうすればいいというんだ。

 幾ら好きな男だからといって、いかがわしい事に使われることを恐れないのだろうか。

 いや、むしろ使って欲しいとまで思わされるくらい、七海の気迫は真剣そのものだった。


「……前に言ったでしょ。僕は、部外者はヤなんだって。ちゃんとてっちゃんのものだって、僕自身が思いたいんだよぅ。だからお願いっ!」

「しょ、処分するのは――」

「てっちゃんのものだから、それは自由だけど……僕が捨てられたみたいで、ヤダな」


 しょんぼりしだす七海。

 ついさっき見た、同じような小波の顔と重なってしまう。


「あ、んっ――違うんだ。てっちゃんを困らせたいんじゃないんだよぅ。ただ、そうしたとしても僕にそれは言わないで、ね?」

「あ、ああ」


 滅茶苦茶、処分しにくくなった。

 というか、そんなこと出来るはずがない。


 七海は心からオレのことが好きで、女として最大の弱みをオレに握らせたのだ。

 七海の気持ちに応えてやることはできなくても、せめて彼女の悲しむことは……したくない。


「それじゃあ……てっちゃん、今日の分いいよね」


 そう言った七海は、オレが許可を出す前からオレの首に両手を回し――キスをした。


 相変わらずのディープキスで、どうしようもなく理性を溶かされる味をわからせられる。

 当然、男としての反応もする。

 ――七海は気付いているはずなのに、まるで気付いていないようにキスを続ける。


 七海は必要以上に求めてこない。

 焦らすように、煽情的だ。


「ぷはぁ……ご馳走様でした? ふふっ、僕のことは、本当に都合の良い女だと思ってくれていいから――」


 都合の良い女に、七海はなってくれるという。

 幼馴染として、兄貴分として、きっとその言葉は否定しなければならない。


 なのに、オレは何も言い返せなかった。

 格好つけておきながら……ハニートラップに引っかかったということだろう。


「だから、これからも一緒にいてね」


 イラストレーターとしては、正しいと思ったことを散々小波にぶつけて傷つけた。

 そのクセ男としては、あまりに情けない。

 更には友人さえ、裏切っているときたもんだ。

 こんなの――オレだって正気でいられるわけがない。


 ――いいじゃないか……少しくらい楽になっても。


「わかったよ……七海はオレのものだ」


 今度はオレの方から――七海の唇を奪った。

 もぅ引き返せない。











୨୧┈••┈◇ 恋愛スタンス(95%) ◇┈••┈୨୧


・鉄矢→小波 :七海と秘密の関係になった

・小波→鉄矢 :鉄矢と秘密の関係になりたい

・宏→夕果 :グループ内恋愛のため暗躍

・夕果→×? :恋愛否定派

・律樹→七海 :恋愛否定派

・七海→鉄矢 :鉄矢と秘密の関係になった


୨୧┈••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••┈୨୧

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