第40話 甘やかしては上達できない

 放課後、約束通りに小波と帰路を共にする。

 小波と二人きりという状況はオレにとって嬉しいことだ。

 しかし、秘密を握られている状況に違いない。


「小波から誘われるとは思わなかった。何か話でもあるのか? その……イラストのことで」

「ええ、七海がすごく上手だと言っていましたので」


 一体、オレの弱みを握って何をしたいのか。

 仮にも小波のお願いごとならば、脅されずとも聞こうとは思っているのだが……。

 信頼されてないと考えるのは、少し寂しい。


「今までツキナミとしても知らなかったんですもの。気になって当然ですわ」

「そうだな。隠してたのは認めるよ」


 オレにも立つ瀬はない。

 実際、これで罵倒されていないだけでも、恵まれている。


「正直、わたしは共感しているんですの」

「……というと?」

「実は……わたしも密かにイラストを描いていまして」

「そ、そうだったのか」


 知っている。

 けど、オレが知っているのはおかしい。

 だから表面上だけでも、なるべく初めて知ったかのように……自然に驚いてみせた。


 どうして、小波は秘密を教えてくれたんだ?

 ……小波がイラストを描いていることだって、今まで彼女の口から聞いた事は一度もないのに。


「なので、その……わたしにイラストの描き方を指導してほしくて」


 ――合点がいった。

 小波はオレの弱みを使って脅そうとしていた訳ではなかったらしい。

 信頼していなかったのは、オレの方だ。


「そうか……あれ? 七海は、小波の趣味のこと知っているのか?」

「いえ、姉にも内緒にしていまして……なのでこうして二人きりの時にお願いしたかったんですの」


 なるほど……そこに不可解な点はない。

 ただ一つ疑問があるとすれば……何故、オレが小波よりも絵が上手いと思われたのかわからない。

 ただ彼女に、自身がないだけなのだろうか。


 実際、小波の技術は低い。

 小波の画力は森乃忍の劣化コピーだ。


「わ、わかった。条件次第では呑むよ」

「条件……?」

「オレのペンネームを訊かないでくれ。七海には事故で見られちゃったけど、誰にも言わないことにしているんだ」


 露骨にしょんぼりとしだす顔をする小波。

 だが、ここは譲れない。

 反応からして、オレが『徹夜狂い』というところまではバレていないこともわかった。


「では、お願いします」


 どうやら条件を呑んでくれるらしい。

 なんだか申し訳なくなってくるが、ここは意思を強く持たないといけない。

 小波も、イラストを真剣に頑張りたいようだ。


「……どういった形で教えればいいんだろ」

「まず、わたしのイラスト見せますので、評価していただけますと」

「おっけー、じゃあ早速帰ったら見せてくれ」


 流石に本気で評価なんてしない。

 小波のイラストは、そのレベルじゃないからだ。

 だが森乃忍のイラストの特徴は良く知っているし、差異を探して褒めようと……そう考えた。



 ――それにしても、誰かさんに似たイラストか。

 一体、なんの因果なんだろうか。




 ***




 絵の指導は、小波の部屋で行うことになった。

 相変わらず……彼女の部屋の壁には『徹夜狂い』のイラストが額縁付きで飾られている。


 とはいえ、やはりコスプレ道具の類はない。

 きっとクローゼットの中だろうか。


「あの、てっちゃん?」

「ん……? どうした?」

「わたし、きっとまだまだ初心者なんですの。一生懸命やってきましたが、自分自身に才能の限界があると思っていますもの」


 それが理解できる時点で……初心者とは言えるのだろうか。

 やはり自信がないだけだったか。

 ……無理もない。

 小波の絵にオリジナリティは皆無だ。


 といえども、小波……色紙式部のアカウントを遡れば二年は活動している。

 初心者というには、些か誇張が過ぎた。


「ですので、ハッキリと悪いと思ったところは隠さないでほしいんですの」

「それは――」

「同年代で、より上手な方々が沢山いることに、焦っているのかもしれません。お願い致します」


 そりゃ上手い奴は中学生の時点でプロなんてこともある。

 ……実力がものをいう世界なのだから。


 でも、そこまで焦る理由はあるのだろうか。

 有名になりたいだけなら……上手く立ち回って年数を重ねるだけで、達成できるだろうに。

 ……素人から見れば、色紙式部のイラストはたしかに上手く見えるはずなのだから。


「……わかったよ。小波が本気なら、兄貴分として応えねぇとな」


 悩んだが、小波の真剣な目に折れた。

 オレにだってイラストレーターとしてプライドがある。

 ここは心を鬼にして……きちんとアドバイスをするべきなのだろう。


 ところで、小波のペンネームはまだ彼女の口から教えてもらっていないが……まあいいか。

 コスプレイヤーについては、隠したいだろうし。


「では、お願い致します」


 パソコンのスクリーンに映されたのは、恐らく未公開のイラスト。

 いつもよりも多少凝った部分が見受けられるが、やはり既視感が強い。


「そういえば聞き忘れたんだけど、イラストは独学で……?」

「ええ、そうですわよ」

「……そうか」


 独学となると……参考にしているのは間違いなく森乃忍だ。

 森乃忍ならば、どこまで参考にされても見て見ぬふりを貫くだろう。

 ……そういうヤツなのだ。


 とはいえ、彼女の向上心に応えるためには、まずそれを辞めさせないといけない。

 ――厳しいことを……言うしかないか。


「ど、どうですの?」

「……そうだな。まず、一から独学をし直した方が良い。教えるにしても……これを基準にオレが教えることはできない」

「…………」


 唖然とする小波の顔。

 自信はないといっても、今回は流石に少し自信があったのかもしれない。

 いつもより努力しているのは伝わってくる。


 ――しかし、だ。

 そこを甘やかしては上達できない。

 『徹夜狂い』と並び立ちたいならば……小波は抜本的な考えを持つ必要がある。

 できれば、そうなってほしいと思うから。


「それが出来ないなら最低でもプラスアルファでオリジナリティの一つはほしい」

「量産型って意味ですの?」

「違う。小波、さっきは独学って言ってたけど、森乃忍の絵を参考に描いているだろ」

「えっ……?」


 フリーズする小波。

 見抜かれたことに焦っているのだろうか。

 だが、ここで慰めてはアドバイスがしっかりと伝わらないかもしれない。

 ……続けよう。


「悪い。わからないならいいんだ。ただこういったイラストでフォロワーが増えたとしても、きっと限界がくる。

 小波は承認欲求の為に描いているんじゃなくて、上手くなりたいんだろ?」

「え、ええ……」


 小波は『徹夜狂い』と並び立つために、真剣に絵を学ぼうとしている。

 好きな子に対して……厳しいことを言うかもしれない。

 でも、きっと必要なことだから――。


「――だったらこれはやめた方が良い。まずは世間の評価を抜きにして、小波の描きたいものを描くべきだと思う。

 ハッキリ言って、この絵柄は小波に合ってないと思ったよ」

「…………そう」


 一通り伝えたいことを言葉にすると、小波は俯いてしまった。

 ……言い過ぎただろうか。

 でも上手くなりたいなら、受け入れなければならない。


 この絵柄が合ってないのは事実。

 センスが合っていれば、それは小波自身の才覚と混ざり、新たな方向性をデザインするはずだから。


 少なくとも、小波の強みはゼロじゃない。

 もちろん、絵柄については論外。

 だが、構図に限ればそれはオリジナリティとして昇華できる才能を感じる。


 ただ構図のセンスを磨くよりも先に、もっと基礎的な部分の改善が必要だろう。


「てっちゃん、ありがとう……ちょっと、今のアドバイスを基に、一人で考えたいと思いますの」

「ああ。――じゃあオレは家に帰るけど、訊きたいことがあれば、いつでも連絡してくれ」

「…………」


 随分と思い詰めてしまったようだ。

 好きな女の子を傷付けてしまったようで、何だか心がモヤモヤする。


 別に……オレに師事することを、諦めてもいい。

 小波が絵に真剣なのは、同じ絵描きとして嬉しいけど……それ以上に、悲しんでほしくないから。


 ただそこは……小波の選択だ。










୨୧┈••┈┈┈┈┈┈あとがき┈┈┈┈┈┈••┈୨୧


小波(鉄矢と秘密を作れれば、それだけで充分)

鉄矢(小波は絵描きに真剣だ。心を鬼にしよう)

――――OMG


୨୧┈••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••┈୨୧

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