第39話 策士、宏のカマかけ

「あれ、宏? 誰か待っているのか?」


 朝、校門に宏がいた。

 声をかけると、薄く笑ってようやく足を動かす。


「お前だよ、鉄矢。進捗を訊きたくて、待っていたんだ」


 進捗……それはオレの恋愛の話だろう。

 宏は恋愛を否定する夕果に恋をしているために、その根底を崩そうとしている。

 オレに彼女を作らせて、夕果の考えを変えたいのだ。


 とはいえ……小波が宏のことを好いている以上は、現状の打開策が見つからない。

 オレは、どっち付かずにしかなれない。


「恋愛に進展なしだ。知ってるだろ? オレが犯人探ししていたことは」


 それに加えて、家ではイラストが佳境に入っていたから、彼女らに構う暇がなかった。

 尤も……七海のアレは別だ。


「……なら訊くけど、夕果と何かあった?」

「それは――」

「ああ……その反応でわかった」


 オレが話そうとすると、宏は手のひらを見せて言葉を止めてきた。


「夕果が例の件の首謀者なのは俺も気付いてるから。そうじゃないよ。俺が聞きたいのは、夕果自身の変化の方さ」


 相変わらず、宏は察しが良いようだ。

 軟禁についても、最初から知っていた通り。

 もしかしたら、女子バド部を庇ったのも、彼女達の中に宏のスパイがいるからなのかもしれない。


「夕果自身……? 体調が悪いとか、そういうのか?」


 とりあえず、答えをはぐらかしてみせる。

 律樹とひと悶着あったから、その件について察しているのかもしれない。

 夕果も律樹も自分が悪いとか思っていたみたいだし、顔色に出てもおかしくないから。


 すると返されたのは、宏の溜息。


「そうか。鉄矢は何も気付いていないのか。まあそうだよな……」

「何のことだよ」

「いや、何でもない。別にお前が鈍感って言いたい訳じゃないし、知らなくていいことだ」

「……そうか」


 知らなくていいこと。

 そう言われると、知りたくなるのが人間の性かもしれないが、何となく……知りたくない。


 正直、今はグループ内恋愛についてあまり考えたくない……七海との秘密があるからだ。

 今朝も会っていないし、校舎内で顔を合わせて、冷静でいられる気がしない。


「大体わかった。じゃあ引き続き、俺は鉄矢を応援しているから。助けてほしいことがあれば協力する。今度は――七海さんと一緒に体育倉庫へ閉じ込められるのもアリだよ」

「な……っ!!」


 夕果の計画を、そのままオレの立場で行う。

 悪魔的な発想だ。

 今のオレと七海の関係で二人きり……何が起こるかなんて、もはや言うまでもない。


「ふむふむ。そうか~、鉄矢はわかりやすいな」

「やっ、いや……」


 カマをかけられた。

 わざと七海だけを差したのは……オレの本命が月宮姉妹のどちらなのか探るためだろう。

 つい……反応してしまった。


 だが、オレが本命は、小波の方だ。

 宏は誤解している。

 ……どう訂正すべきだろう。


 今からでも否定に走ったとして、だ。

 それ即ち、宏にオレの本命を知られる。

 加えて、七海に対して反応したことも探られるかもしれない。

 七海との関係がバレたら……確実にグループ内にわだかまりが生まれる。

 なぜなら……律樹が七海のことが好きだから。


 ……そうだ。

 オレは――あいつの恋心を、傷付けてしまうのかもしれない。

 胸が……キリキリしだした。




 ***




 ――昼休み。

 オレ達6人は、いつも通りバドミントンをする。

 夕果と宏が突出して上手いのはあるが、平均的にオレ達はみんな上手い。

 なので、普通は事故なんて起こらない。

 のだが――。


「ひゃっ」

「あ、ちょっ……」


 ローテーションでダブルス。

 時間的に最後の試合、オレは七海と組むことになった。


 そこまでは良かった。

 ただ、どうにも七海の動きがぎこちない。

 近距離になった瞬間、ぶつかってしまう。

 その場に尻もちをつきそうになった七海の腕を掴み、どうにか防ぐ。


「大丈夫か?」

「うんっ、助かったよぅ!」


 約束通り、その場は取り繕ってくれる七海。

 しかしオレの方が、その距離の近さにいたたまれなくなった。


 対面コートにいる宏の面白そうな視線。

 やはり勘違いしている様子だ。



 ちょうど、校内チャイムが鳴る。

 ――昼休みが終わる10分前。


「さっさと帰ろ?」

「ゆうゆう~、そんな急がなくてもいいんだぞ」

「ちょちょっ、ななみん!? 次が移動教室だって忘れてない?」

「ふぇっ!?」


 そそくさと校舎へ戻るCクラスの二人。

 一足先に帰る夕果を、見つめる宏の目は、やはりギラギラとしている。

 よっぽど……ご執心らしい。


「ったく、昼休みは短いぜ」

「律樹はどんなに休み時間が長くてもそう満足しないでしょ」

「まあな」


 律樹を観察してみれば……オレと七海の様子に気付いていない様子だ。

 彼の方は、宏ほど察しが良くない。

 だからといって、宏が余計な事を伝えないか……心配になってしまうのだ。

 そしてやはり……七海のことを考えると、罪悪感に駆られる。


 ……むしろこのまま、泳がしておくのが一番安全かもしれないと思った。

 何事もなく、平和が一番だ……。


「ねえ、てっちゃん……?」

「な、なんだ?」


 観察の最中、急に小波がオレの耳元に囁く。

 それなりに集中していたせいか、色んな意味でドキッとした。

 小波が相手だからだろうか……胸が高鳴る。


「放課後、一緒に帰りませんか?」


 意外なお誘いだ。

 正直、惹かれないと言われれば嘘になる。

 月宮姉妹と共に放課後を共にすることは、家の方向が同じということで見逃されていた。

 しかし、姉妹の内片方と二人きりで帰るのは――。


「それ、色々と疑われたり……」

「イラストレーター、なのでしょう?」

「…………え」


 ――今、なんて?

 有無を言わせぬワードを口にされた。

 思い当たる節は、たった一つ。

 七海に正体がバレてしまったことだろう。


 そうだ……口止め、していなかった。

 七海には、キスだけの関係を秘密にするよう言っただけで……他のことに頭が回っていなかった。


「昨夜、七海が何か隠している様子でしたから、そこで誘導して聞き出しましたの」


 なるほど……七海がバラした訳ではなく、あくまで小波が探ったのか。

 七海もさすがにキスのことは言えない。

 言ってもらっては、オレが困る。

 スケープゴートの良い訳には、ちょうど良かったのだろう。


「――わかった。それじゃ一緒に帰ろうか」


 趣味を知られることは、オレのトラウマだ。

 とはいえ、淡々とした事実として見られている事に関しては、肩の荷が下りた。


 七海に絵を褒められた時もそうだ。

 小波をモデルにしたイラストでなければ……本当にトラウマを克服していたかもしれない。


 二人は……オレを信頼してくれているのだ。

 裏切っては、いけないだろう。

 絶対に隠し通さないと……いけない。


「……わたしの顔に、何か付いていまして?」

「いや、何でもない」


 じっと小波の顔を見ると……どこか緊張した様子が伺える。


 ――そういえば、オレが『徹夜狂い』だってところまでは、バレていないんだよな?


 七海からの言伝だっただろうし、あのイラストはいつもと趣向が違っていた。

 だから、七海から小波に伝った情報は、オレがイラストレーターであることのみのはず。

 ……わかっていても、疑心暗鬼になってきた。


 ――というか、オレは、小波に自分のイラストを見せることができないじゃないか。

 イラストを見せることは、『徹夜狂い』と明かすことと同義なのだから。


 どうお願いされても、今度は断らなければ……。

 いくらオレが小波に惚れているとはいえ、七海の時と同じ轍は踏まないと決意した。

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