第二幕:グループ内恋愛への葛藤
第17話 深夜テンション
「ふぎゃぁぁ~~~~~っっ!!!」
耳元で、美女の悲鳴が鳴り響いた。
オレの腕にくっ付き、目の前の光景にひたすら怯える彼女は七海。
またその隣で、小波が溜息を吐いた。
「まったくホラー映画なんて、態々苦手なものみようとするからですわよ」
――ただいま日曜日の夜……ではない。
月曜日の深夜一時である。
しかも町灯りが入らないよう遮光された真っ暗な部屋の中。
深夜テンションとは恐ろしい。
ホラー映画より、よっぽど七海の方が怖い。
眠くて目を擦るオレも、耳元で叫ばれたら、さすがにビビる。
お隣さんが実質いないようなものなので、騒音被害がなさそうなのは不幸中の幸いだ。
「だってだって……てっちゃんが一緒なら平気だとおもったんだよぅ」
「どういう理屈だよそりゃ」
相変わらず意味がわからない。
でも、こうして下手な理由で笑って誤魔化そうとする彼女は、昔見たツキナミのまんまだ。
それに――。
「まったくもぅ……勘弁してほしいですわね」
「小波も大丈夫か?」
「何がですの……?」
「いや、お前が平気ならいいんだけど」
彼女の足は正座していたわけでもないのに、ぎこちなく立ち上がった。
表情はツンとしているが、彼女も姉と同じくホラーが苦手なのだと気付く。
見栄を張らなくてもいいのに……叫ばないでくれれば。
「もぅ遅いし、これくらいにしようぜ」
「えーっ、ぼかぁまだ、へへ、平気なんだぞ!」
さっきまでオレに引っ付いて離れなかった奴が、何か言っている。
まあ引っ込みが付かなくなる前に彼女をお隣へ返した方がいいのは間違いない。
「胸を張るのもいいが、夜は寝る時間だからな」
「やっぱりてっちゃんも夜になると……お、おっぱいとか気になっちゃうの……?」
「おまっ……一言もそんな話してねーよ。ほら頭ぼーっとしてっから、はよ寝なって」
なんだよ、夜になると……って。
なんて解釈だ……そういうこと考えているのは、七海の方じゃないか。
いやでも七海の胸の膨らみは、くっ付かれる度に感触が伝わってくる。
言葉にされると、意識してしまうのも止むない。
「さ、小波も手伝ってくれよ、もぅ七海は寝かせた方がいいだろ」
「えっと……お姉ちゃんはそこに残しても構いませんのよ。わたしは」
「いやいや。幾ら相手がツキナミでも、男女の節度くらいは守りたいというか――」
なぜか小波は面倒臭そうな顔をした。
断ってきそうだったので、オレは真面目に言い訳を考える。
「悪い小波。真剣な話だ。マジで七海、オレの理性を殺そうとしてきてるから、どうにかなる前に引き取ってくれよ!!」
……深夜テンションとは恐ろしいものだ。
気付けばポロリと本音を漏らしていた。
意識してしまったとはいえ、「このままならお前の姉を襲うぞ?」なんてことを口走るとは……我ながらどうかと思う。
「そう言われたら、仕方ありませんわね。わたしもお姉ちゃんをはしたないまま残せませんもの」
「おおっ! さすが小波は話がわかる――? 何、オレが背負うんじゃ変わらなくない?」
「お姉ちゃんのお尻は支えますから」
「…………」
そういう問題じゃなくないか?
気にしているのは、今もくっ付いて当たっている七海の胸のこと。
しかし、その言葉を口にすることはできない。
オレは黙って彼女を背負うことにした。
「ややっ、僕起きてるんだ……ぞ。……すぅ……すぅ――……」
やや反抗的でうとうとと舟をこぎながら半分寝ている七海を支え、隣の部屋にまで連れて行く。
どうしてオレは、肉体労働をしているんだろう。
週明けの深夜なのに。
「よっこらしょっと」
最後には七海も完全に眠ってしまった。
その身体を出来るだけ丁寧に支えながら、彼女の部屋のベッドに寝かせる。
何気に初めて、七海の私室に入ってしまった。
女の子らしいカラフルな部屋みたいだ。
「そういや、小波と七海って同じ部屋で寝たりはしないんだな」
「な、何を言いますの!? もぅ高校生ですもの、そんなの当然でしょう」
そう言われれば、当然のことか。
逆に言えば、少し前までは同じだったかもしれないけど。
少し気になったのには、理由がある。
「いやほら、昔さ、誰かと一緒にいないと眠れないって――」
「ちょっ!? どうしてそんな――どうでもいいこと憶えていますのよ!」
「いや、それでオレ……昼寝とか言われて付き合わされたし」
ピクリと明らかな反応を顔に見せる小波。
一瞬七海の方かと思えば、この驚いた反応を見るに――。
「やっぱり、小波も一緒に寝たことあったか」
「て、てっちゃん? わざとその……卑猥に聴こえるように言っていますの?」
「え? あ、いや…………今気付いた」
本当に無意識だったから、何か悪い事を言った気分になった……気まずい。
小波は恥ずかしそうにもぞもぞしている。
口が裂けても、お前が卑猥な想像しているだけだとか、そういったことは言えない。
「てっちゃんだって、だってっ! わたしが名乗った名前は忘れていました癖に……っ!」
「ぐっ……それはオレに刺さる」
「と、ともかく! もぅそんな子供じゃありませんのよ、わたし達」
……深夜テンションとは恐ろしいものだ。
普段落ち着いている小波が、あたふたしている。
「そう……だな、うん。無用な疑問だった」
「い、いえお気になさらず…………昔話をするのは、わたし嫌いじゃありませんもの」
懐かしむような顔する小波。
七海の方はツキナミとしての面影があるものの、小波は真逆で一切の面影を感じなかった。
だからこそ、ノスタルジックを感じるような顔を見て、彼女もまたツキナミなのだと再認識する。
「そっか。ついでだし小波の部屋も見たいんだが」
「あら、乙女の部屋を覗きたいだなんて――」
「ごご、誤解だっ。ちょっと好奇心で言ってみただけだって」
――こういうところ、調子狂うな。
彼女達をツキナミとして扱うと言ってしまった手前、そうしようと心がけたつもりだったが、少し距離感を間違える時の方が多い気がする。
下手なことをしないよう気を付けないと。
「べ、別にいいですわよ。わたしの部屋くらい見ても。どうせこのまま寝ますもの」
「いや、そのまま寝られたら、オレ外出られなくなるから」
このマンションの部屋の鍵、オートロックじゃないから、ちゃんと内側から閉めてもらわないと。
何やかんや言いながら、自然な足取りで小波は自室へ案内してくれる。
「へぇ、ここが小波の――」
部屋を付けた瞬間、オレは言葉を失った。
そこにあったのは……。
「ど、どうかしら……ちょっとわたしらしくない、ように思います?」
「い、いやいや……ただその、凄い数の額縁だな」
小波の部屋の壁には、額縁付きの絵が何枚も飾られていた。
問題なのはその額縁の数……ではなく――。
「ええ、てっちゃんは知っていますの? イラストレーターの『徹夜狂い』さんという方の作品ですの」
恥じらいもなく、まるで自分のことのように誇る小波の姿。
オレこと『徹夜狂い』が描いたイラストの数々によって、小さな展示会がそこにはあった。
「そうなんだ……じゃあオレも寝るよ」
「いいんですの? もっと堪能していただいても――」
堪能って……言われても恥ずかしくてダメだ。
「急に眠気が酷くなったんだ。おやすみ、小波」
「あら、そういうことでしたら、おやすみなさい」
「ああ。また朝な。おやすみ」
颯爽とオレは隣の部屋へと帰った。
ちゃちゃっとベッドへ包まり、枕へ顔を埋めた。
恥ずかしさが一番にある。
あるが――それよりも心から湧き出るような感情があった。
「……それは流石に、嬉しいが過ぎるだろ!」
幼馴染が女だとか分裂したとかどうでもいい。
小波がオレの、徹夜狂いのファンであったことが、純粋に嬉しかった。
イラストレーターとしてこの上ない喜び。
それも顔も知らない相手じゃない。
知り合いであることに、不思議と胸が熱くなっていった。
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