第16話 再会2

 ――あれから。

 雨が止んだ後……オレ達は家へ戻ることを余儀なくされた。

 小波はいいとして、七海とオレはかなり濡れていたのだ。

 今は一旦着替えてから、彼女達の部屋……すなわちお隣さんの部屋に上がらせてもらっている。


「そうでした……これでお姉ちゃんを拭いてあげてくださいます?」


 七海の髪をタオルで拭いていた小波だが、急にその頭から手を退かし、オレに譲る。


「なんで……オレが?」

「昔、こういうこともあったと、聞いていますので……お姉ちゃんも喜びますわよ」


 そうだったな。

 昔、ツキナミの髪を拭いてやったことがある。

 あの時は――近場にいた知らない兄妹がお互いを拭き合っていて、真似したんだ。

 思えば、ツキナミを男だと思っていたから、雑に拭いていた気がする。


「僕、てっちゃんに拭いてほしい」

「……あいよ」


 最初はどう断ろうか考えていた。

 でも、相手がツキナミだと考えて、なんだか気が楽になったのだ。

 とはいえあの時と違って七海はしっかり見た目も美女だ。


 そんな女の子の髪を雑に拭いたりはできない。

 一本一本、丁寧に水気を取っていく。

 そうしながら、オレは小波へ向けて問いかけた。


「七海から聞いたけど……小波、ツキナミだったんだな。二人一役ってやつか?」

「はい。いつまでも隠し通せることではありませんでしたし……雨が降って、ちょうど良いと思いましたの」


 咄嗟にそこまで考えるものかよ。

 いや、最初からこの地域案内を通して、正体を明かすつもりだったのかもしれない。

 あとは、タイミングの問題。

 ちょうどよく小波が、オレと七海を二人きりにできる状況に持っていったのはわかった。


「すまん。ちゃんと説明してほしいんだ。オレ、まだよくわかってなくてさ」


 そう――七海がツキナミだったなら、小波がそう仕向けたのも理解できる。

 だけど小波までツキナミならば、話は変わる。


「何がわかりませんの……?」

「ツキナミが女の子だったことはさておき、二人一役のことも、どうして隠してたんだ?」


 まだ受け入れ切れていない。

 今までずっと……それもオレが引っ越して別れる時にすら教えてくれなかったこと。

 サプライズにしては、ネタ晴らしが長すぎる。


「……てっちゃんが悪いんではなくて?」

「どう……いうことだ?」

「女の子だということもそうですが、てっちゃんが勘違いしたんですのよ」


 オレの勘違い……?

 いや、それはないだろう。

 オレはツキナミが二人いる場面に遭遇したことなんてないのだから。

 すると、七海がぶるぶると顔を横に振る。

 ……まだ拭き取れていないのに。


「ち、違うんだよぅ! 騙すつもりなんてなかったんだぞ……!」

「な、七海……?」

「小波がどうしてもてっちゃんと遊びに行けなくなった日があって、僕が代わりにいったんだ」


 七海が庇うように弁明してくれた。

 入れ替わった時の話をしているのだろう。

 しかし、その一度きりならば、二人一役とは言えないだろう。


「最初はそうでしたわね。でも、途中から時々入れ替わって何度も会わせていたのに、気付かなかったてっちゃんもてっちゃんですわよ」


 ――まさか、そういうことなのか?

 最初から入れ替えるつもりはなくて、初回の入れ替わりでオレが気付かなかったから、何かが変わったんだろう。


「えっと待ってくれ……つまりだ。オレがツキナミだと元々思っていたのは小波の方で、七海は時々、小波に扮していたって?」

「いえ、途中から交代制で会っていましたので、もぅほとんど姉妹で一人のツキナミでしたわよ」


 それは――オレに言い訳のしようがない。

 まだ小学生の頃とはいえ、あまり似ていない彼女達姉妹の見分けが付いていなかったということ。

 弟分だと思っていながら、オレはちゃんとツキナミを見ていなかったということになる。


「大体、わたしはてっちゃんに初対面こそ、きちんと『つきみやさなみ』と名乗りましたのに」

「え……いや、そんなまさか」

「それをあなた、名前が長いから『ツキナミ』なって言ったんじゃありませんの」

「…………」


 自分のことながら、まったく憶えていない。

 ただ、それくらいのことなら言っていてもおかしくないと思った。


「実を言うと、わたし達は怖かったんですのよ。ツキナミが女の子で、二人だったなんててっちゃんに知られたら、今まで通りの関係でいられるのか……わかりませんもの」


 ハッと息を呑む。

 小波達の悩みは、痛いほど理解できる。

 オレもまた、そうだったから。


 ――前の学校での一件。

 自分の趣味がバレて、関係が変わるんじゃないかって、ずっと恐れていた。

 結果――好きな人にまでバレて関係を終わらせてしまった。


「なので、段階を踏んだだけに過ぎませんの」


 ……そりゃ、そうだな。

 最初から彼女達がツキナミだと明かされても、ちょっと信じられない。

 距離を置きたくなるのも間違いない。

 ここまで彼女達がオレと関わろうとしてきた理由を知って、腑に落ちた。


「さ、小波はこう言ってるけど、悪いのは僕なんだよぅ。僕が、教えないように言ったんだ」

「いや、悪いのはオレの方だ。マジでごめん! 多分、めちゃくちゃ理不尽なこと言ってきた気がする。知らなかったとはいえ、マジで悪かった!」


 オレが気付いていれば、彼女達を不安にさせることもなかっただろう。


 しかもツキナミを男だと思っていた頃には、強めな言葉で叱ったこともあった。

 それも今思えば……ツキナミが女の子で二人一役だとしたら、彼……いや彼女にまったく非がないことで。


「そ、それがヤダから、言わなかったんだぞ!」


 七海が頬をぷくりと膨らませる。

 オレの謝罪に返された言葉は、小さな怒りを孕んでいた。

 感情を押し付けるように、そのままオレの胸板を叩いてくる。


「てっちゃんの馬鹿! それじゃ、今まで通りじゃないじゃんか! ぼかぁ、そんなてっちゃんが好きだっていうのに」

「……そ、そっか」


 急に「好き」だなんて、顔を朱色に染め上げて言われてしまうと、動揺してしまう。

 わかっている……彼女の「好き」は友達としての「好き」なのだ。

 勘違いしちゃいけない。


「よし、わかった」

「へ? 本当!? それじゃあ――」

「これからは二人とも、ツキナミとして扱えばいいんだよな?」

「ん――?」

「ん?」


 なぜか七海がポカンとした顔をして、その後ろで小波が呆れた表情を浮かべる。


「あ、うん。そうなんだぞ!」


 二人ともツキナミだったとしても、今の関係を変えたいとは思わない。

 たかが性別が変わって二人に分裂したと考えれば、なんてことはない……はずだ!


「じゃ、じゃあ……これから毎日、夜は一緒にゲームできる!?」

「いや、ゲームは今まで通りでいいんじゃ」

「お姉ちゃんはてっちゃんの部屋に行って、一緒にゲームしたいと言っていますのよ」


 小波の言葉を聞いてから七海を見ると、コクリと頷かれてしまう。


 いや、それって――夜に女子が異性の部屋に行くってことだろ?

 問題な気もするのだが……いや、彼女達はオレに昔ながらの友人として扱ってほしいのだろう。

 オレは――兄貴分だ。応えてやらないと。



「――折角お隣同士なのですから」

「わ、わかったよ。毎日は無理だけど、たまにな」


 ぱあぁぁっと明るい笑顔になる七海。

 イラスト描くための道具は作業部屋のデスクにしかないし、リビングか洋室一つを遊び部屋にすれば、困ることはない。


「地域散策は、今度また頼むよ」

「そっか、中断しちゃったから……別に、学校帰りにでも僕が案内するぞ?」

「制服だと目立つから却下」

「ぶうっ……」

「あのな、少しは自分が美女だって自覚持てよ」

「……へ? あ、あぅ」


 学校での人気を考えれば、自覚自体はあるのかもしれないけど、気が緩み過ぎだからな。


「……じゃあ暇になったし、ゲームするか?」

「いいの? やりたいやりたいよぅ!」


 飛び跳ねるようにいて、頭に置かれていたタオルがフワッと空中に舞う。

 雷に打たれて動けなくなっていたのが、嘘かと思えるくらいに元気だ。


「小波は?」

「……わたしが、何ですか?」

「小波もするか? ゲーム」


 小波もまたツキナミなら、いつも通り一緒にゲームするのは自然だろう。

 この際だ……どの程度二人にゲームの腕前の差があるのか、知りたい。


「どうせなら三人の方が、楽しいぜ?」

「そだよぅ。小波もやるの! 決定だぞ」

「……仕方ありませんわね」


 一瞬遠慮しそうだったが……小波もなんだか嬉しそうに微笑んでいた。

 まだ彼女達とツキナミが一致しないけど、少しずつ……慣れていきたい。

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