第15話 再会1

 スマホで確認すると、雨雲が何処かへ行ってくれるまで、小一時間かかるらしい。

 ただ思っていたよりも雨の勢いが強い。

 仕方ないので少しの間は雨宿りだ。


「ゲリラ豪雨……みたいですわね」

「むう、じめじめし始めてやだよぅ」


 外出だからか、しっかりとおしゃしている彼女達にとって、れるのは不味いだろう。

 湿しめり気が女子高生の敵だってことくらいは、前のグループでイヤと言うほど聞いたことだ。

 そんなわけで、このまま小さな屋根の下で雨が止むのを待つしかないのだが――。


「取り敢えず、そんな濡れなくて良かった」

「……ううっ」

「あれ、七海……? どうした?」


 様子がおかしい。

 顔色も悪くないし、何かが調子を崩しているようにも見えないが……オレの声が届いていないことだけはわかる。


「鉄矢くん、あの……」


 そんな時、小波に耳を貸すよう言われる。


「なんだよ」

「お姉ちゃん……きっとお花を摘みに行きたいんだと思いますの」

「えっ……?」


 今いる公園は、確かに広い。

 だがオレの見た感じ、この公園にトイレなんてものはなかった。

 そもそも土地勘のないオレが、近場にあるものなんて知るはずないのだが――。


「公園を出て右曲がり、まっすぐ行って左沿いの赤い屋根の店にありますの」

「お、おう……?」


 オレの考えを悟られたのか教えてくれる小波。

 しかしながら雨は降っている。

 傘もなければ連れて行くこともできないのだが、オレに何ができる?


「お姉ちゃん動けませんので――」

「でも我慢させる訳にも」

「それよりも問題なのは――」


 瞬間――空がゴロゴロと音を鳴らした。

 ……轟雷だ。

 ゲリラ豪雨だという時点で考えるべきだったが、こうなれば雨の中に出て行くのも危ない。


「……ひっ」


 小さな悲鳴が聞こえた。

 目を向けると、頭を抱えた七海がそこにいた。


「参りましたわね」

「苦手なのか……?」

「背負って、連れて行くことはできますの?」

「……この雨の中にか!?」


 外で女の子にお漏らしさせる方が問題だろうけど、妥協すべきラインもあると思う。


「室外に残すよりマシですから、ほら!」


 背中を小波に押された。

 仕方ない……か。

 オレは言われるままに七海を背負った。

 小波が着ていたカーディガンを彼女の上に被せ、少しでも濡れないようにしてくれる。


「ううっ、てっ……ちゃ?」

「お手洗いがある近場まで走るから。小波は残っていてくれ」

「…………あっ」


 小波は最後に何か言いたげだったが、気にせず急いで走り出した。


「うみゅっ……」


 背負いながら走る中、彼女は弱弱しく唸る。

 そんな姿は、何処かで見たことがあるような。

 ……デジャヴを感じる。


 ――そうだ。あの時もそうだった。


『ツキナミ、大丈夫かよお前』

『ひいっ……かっ、みな……むりぃ! てっちゃん~~っ!』


 ツキナミは時々、怖いもの知らずでどんと自信満々になる日があって、そんな調子が良くなる日も、彼には唯一……雷が苦手という欠点があった。


 可憐な美女として学校では人気のある彼女も、今じゃ懐かしい弟分とそう変わらない。

 そう考えた瞬間、彼女の身体が凄く軽くなったような……そんな気がした。

 背中に当たる彼女のフワッとした胸にもっと意識してしまいそうな状況も、今は無心でいられる。


 ともかく目的地の赤い屋根の店……というか小さなカラオケ屋に辿り着いた。


「着いたぞ……トイレ、大丈夫か?」

「んっ」


 店内に入り、オレは少し大きな声でそう言った。

 彼女にとっては少し恥じらうことからもしれないが、許して欲しい。

 おかげで、店員さんも悟ってくれたのだから。

 店員さんが「あちらに」と、お手洗い場所の方向をジェスチャーしてくれる。


 後は七海に行ってもらうだけ……なのだが、七海がオレの服の裾を掴んで離さない。。


「てっ――」

「ほら、急がないと漏らすぞ」

「てっちゃん……」

「いいから、早く――えっ?」

「――ありがとぅ」


 ようやく七海は手を離してくれて、女子トイレへ駆け込むものの……。

 オレの頭は真っ白になった。

 彼女の姿が見えなくなってすぐ、動揺が隠せなくなる。


 確かに今、七海はオレのことを「てっちゃん」と呼んだのだ。

 オレをそう呼ぶのは、ただ一人……ツキナミ以外にいないのだが。


「いや偶然……だよな? 勢いでそう呼んだだけだろ……多分」


 オレに渾名を付けるなら、安直に「てっちゃん」と呼ぶのはおかしくない。

 だってあり得ないだろう……ツキナミは男だ。

 弟分として接していたし、彼もそれを否定したことはなかった。

 だが――。


「雷……反応、似てたな」


 どうしても、先ほどの七海の姿が頭に残った。

 弱弱しくオレに引っ付く彼女は、あまりにも昔のツキナミと酷似していた。


「……待て。ツキナミ? ツキミヤナナミ?」


 動揺するあまり、気付けばオレはスマホでジスコードを開いていた。

 そのまま試しにと、恐る恐るツキナミとのチャットを開いて、メッセージを送ってみる。


〈ツキナミ、突然で悪いけど、大丈夫か?〉

〈うん、大丈夫だよ〉


 良かった。反応が返ってきた。

 やはりツキナミは彼女と別人なのだろう。

 いつも授業中や忙しい時は返信がこない。

 トイレへ急いでいた七海ではない証明だ。

 そうだ。ついでに頼み事をしよう。


〈今さ、お前に言われた通り、地域散策で外にいるんだが、ゲリラ豪雨に当たっちまった〉

〈そうなんだ。災難だね〉

〈本当に災難だ。オレだけだったら走って帰るんだが、月宮姉妹もいてな。遠くないし、傘を持ってきてくれないか?〉


 彼女達を連れて地域案内することを提案したのは、ツキナミだ。

 こう言えば、断ることもできまい。

 いい加減、ツキナミとも再会したい気持ちが心のグラスにあふれている。

 ひょうめんちょうりょくでギリギリのパンパンだ。


〈ごめんだけど、それは無理なんだ〉

〈あれ、忙しいのか?〉

〈そうじゃなくて、僕も傘を忘れて外に出ちゃったんだ〉


 ――待ってくれよ。


〈何処に……いるんだ?〉


 手が震える。

 一度は頭に浮かんだ想像が、再び――雨に打たれるように振ってきた。


「僕なら、ここに……いるよぅ」


 気付けば――七海の声が背後から聞こえた。

 七海が行ったお手洗い場とは真逆の方向から。

 一体どういうことなのかオレは戸惑う。

 オレは幽霊でも見ているのか?


「おまっ、なんで後ろから出てきた。オレ、ずっとこっち見ていたぞ」

「そんなの、二階に上がって、そっちとは反対側の階段を下りてきたからだよぅ」


 聞いてみれば、ミステリでもなんでもない。

 たねけもなく、ただ二つ階段があったから、上階を通してぐるっと回って帰ってきただけ。

 しかし、それは――。


「いやいや。それじゃ、お手洗いはどうした? お前、トイレに行きたいんじゃ」

「お手洗いに行きたいなんて、僕は――一言も言ってないんだぞ」


 そうだっただろうか。

 いや……たしかに小波に促されるままだった。


「えっ?」

「小波の嘘だよぅ。そもそも漏れそうなら、僕は雷の音だけで……もっ、漏らしちゃってるんだぞ」


 顔を真っ赤に染め上げて、握り拳を作る七海。

 その瞬間、店の外からゴロゴロと聞こえる雷の音に、七海の身体はびくりと震えた。

 だが先ほどのように、うずくまって何も出来なくなる七海じゃない。


「そ、そんなことはいいんだよぅ。ぼ、ぼぼぼ、僕のこと、ちゃんと見るんだぞっ!!」

「え、あ……ああ」


 言いたいことはわかっている。

 戸惑っているフリして、目をらしているだけってことにも、気付いている。


「ツキナミ……なのか?」

「そ、そう! 子供の頃一緒に遊んでた、今はネトゲで遊んでる――」


 信じられない真実に愕然としながらも、話を聞いていくうちに、理解が追い付いてくる。

 つまりオレは七海を男の子だと勘違いしていただけ。

 小波とは偶々会わなかっただけ……?


「だから、僕達……僕と小波は――てっちゃんの幼馴染なんだぞ!」

「そっか…………ん? 僕小波?」


 何を言われたのか、頭が追い付かなかった。

 ――僕と、小波って……なんだ?


 七海はオレの手を握り、再会を感動するような顔をしている。

 さっきと打って変わってすこぶる元気そうだ。

 しかし申し訳ない。

 本当に、切実に……意味がわからない。

 もう少しちゃんと説明してもらいたい。


 ――どゆこと?

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