第18話 痴情のもつれ
また学校でツキナミと顔を合わせるとなると、以前と同じように彼女達を見れるだろうか。
つい数時間前まで一緒にいたとはいえ、そんなことをふと考えてしまう。
学校ではお互いが幼馴染であることを伏せることにしたからだ。
――理由は大きく二つ。
まずタイミングだ。
今更気付いたとなれば、周囲のみんなに説明する必要があるだろう。
周囲から、からかわれるのは目に見えている。
二つ目は……小波が宏に気がある以上、その恋路を邪魔してしまう可能性を減らしたいからだ。
整理の付いた頭は、現在ひたすらに眠い。
夜更かししていたので、そのツケが回ってきているのかもしれない。
「鉄矢、もしかして月曜日は苦手だったかな?」
「なんだよ宏。月曜日が苦手じゃない奴の方が見たことないぜ」
意外そうな顔をして笑う宏。
何が面白いのか、相変わらず陽キャのノリはわからない。
「俺も朝は苦手だからね。わかるよ」
「妙なところで共感してくるな」
「あぁ、夕果の影響かな。女子って変なところで共感求めてくるからね」
オレは男なんだが……?
宏がそんなこと言うのは意外だった。
納得できなくもないと思えてしまったのは……ツキナミの所為だろう。
前に時々「天気が良かった」レベルの他愛無いチャットをされたことを思い出す。
多分、あれは七海の方だったんだろうな。
「言う割に、宏は元気そうに見えるが?」
「律樹の奴が朝強いからさ」
「……いつも一緒に登校してんだっけ」
「家が近いからね。今日も朝から煩くて、眠気が吹っ飛んだ」
「そりゃいいことじゃないか?」
「何言ってるんだよ。授業中に寝たら大変だ」
何を言っているんだよ、はこっちの台詞だ。
宏みたいなチャラ男は、そんなことしなくても、充分目立っている。
もしかして無自覚系ってやつなのか……?
「意外と真面目なんだな、宏」
「え、あぁ……まあね」
きょとんとした顔をするも、すぐ平静を装う宏。
なんだろう……?
居心地の悪い顔をされて、何か失言をしたのではと怖くなる。
「そういや、小波ってやっぱり人気なんだな?」
話を変えようと咄嗟に口に出したのは、宏に片想いしているという小波の話題。
幼馴染として、多少は好感度アップに貢献してやらないといけない。
「ん……? 人気といっても、男子人気より女子人気の方が高いよ、小波さんは」
宏は教室内を見渡し、小波の姿を見つけると「ほら」と指さす。
そこには、女子達に宿題なのか勉強を教えている彼女の姿があった。
「男子人気で言うと、七海さんの方だね。同じクラスの夕果がいつも『男子達が七海を狙ってる』って嘆いてるくらい」
「そりゃ大変そうだな……」
どうにも小波の話をするはずが、七海の話題に映ってしまった。
もしかすると、七海の方に気があるのだろうか。
「親友として七海を守るんだっていつも言ってるんだよなぁ……夕果のやつ」
それにしても、妙に宏の口からはよく楠井の名前が出てくる。
きっと幼馴染だからだろう。
オレは幼馴染としてツキナミの名前を出せないから、もどかしい気分になる。
異性の幼馴染を持って良好な関係が続いている宏や律樹と楠井は、オレからすると良い見本だ。
「へぇ。けど――楠井の方もモテそうだな」
彼女も充分に美人だと思い、ポロっと口から零れた。
「いや、ねーよ。夕果は、彼氏とかいらないから」
「えっ?」
「――あ」
一瞬、誰の声かわからなかった。
急に低い声で答えたのは、宏だったらしい。
戸惑ったオレを見ながら、宏は慌てるように口元を手で抑える。
「いやすまん。今のは内緒にしてくれ」
「お、おう」
本当は楠井の秘密か何かだったのだろうか。
知らなかったことにしておこう。
まぁ小波の恋敵になりそうな筆頭が楠井になる訳だし、それは良いことのはずだ。
「そういや今朝さ、七海さんがラブレター貰ってたね。彼女が本当にモテモテだよ」
「ん……? んんん~~~っ?」
――初耳である。
オレと七海は確かにお隣同士に住んでいるが、登校時間はまったく違う。
幼馴染という関係以前に、月宮姉妹の人気を考えれば、変な噂を立てられてもおかしくないと考えて、登校時間をバラバラにしたのだ。
だからラブレターなんて、知らなかった。
「なんだよ鉄矢、気になんのか?」
「そりゃそうだろ。ラブレターって、そんな頻繁にくるものかよ」
ラブレターって形式が古風なのはさておきだ。
オレだって今まで告白されたのは計三回。
前のグループで多い奴でも六回が最高だった。
平然と言う宏を見るに、七海の告白された回数は多そうだと察する。
「まっ、そんだけ人気なのさ。入学してからこれで十回目かな」
「…………マジかよ」
中学の頃を含めずだよな……?
告白された回数で競いたい訳じゃなくて、本当に驚いた。
確かに七海は愛嬌があるし、美女だからな。
ツキナミとして見なければ、当たり前のことなんだろう。
「お、夕果に訊いてみたら昼休みだってよ。見に行こうぜ」
「あ、あぁ」
流れで了承してしまったが、そのフットワークの軽さどうなんだよ。
告白する側の男子には悪いと思いながらも、宏と共に昼休みは七海を尾行することにした。
***
七海に告白する相手はどんな奴なのか。
幼馴染としてちょっとした好奇心があった。
校舎裏だと目星を付けたオレ達は、校舎内の近場から盗み見しようと考えたのだが――。
「聞いていればあの女の話ばっかり! いい加減にしなさいよ」
「別に四枝を蔑ろにしてないし、そんなこと言われたって困るよ」
男女二人が口喧嘩している場面に出くわしてしまった。
……見るからに修羅場だ。
宏はすぐさま「無視しよう」と促してくれるが、次の言葉にオレは立ち止まる。
「あ、あんた……ウチは彼女でしょうが! いつもいつも月宮さんの名前ばっかり! ウチのことちゃんと考えてよ!」
「な、七海さんはアイドルみたいなものだし、いいでしょ」
――おいおい。
聞いた感じ、痴情のもつれなのは間違いない。
しかし七海の名前が出てくるとなると、どうにも気になってしまう。
それは宏も同じだったらしい。
「あれは森下と、その彼氏の川上。森下の方は夕果と同じクラスだし、バド部だから俺も知ってる」
小声で宏が彼らのことを教えてくれる。
彼らは幼馴染のカップルなのだという。
まあ恋人と聞いた時点で、ある程度推測は正しかったようだ。
「いっつも彼氏が他の女に鼻を伸ばして――ウチがどれだけ恥ずかしい想いしてるか!!」
残念ながら、間に入れる雰囲気じゃない。
現在進行形で七海は男子に告白されている最中だろうし、七海の周囲は大変そうだと思った。
「四枝さ、そういうの重いんだって。別に誰も気にしてないよ。浮気してる訳でもないんだから」
「んん~~~っ、バカッ! 五郎のことなんてもぅ知らないんだからっ!」
そう時間もかからず、二人は解散した。
どうやら険悪な雰囲気なままだったが、別れ話にまでこぎつけないだけマシだろう。
いや、どう見ても相性悪そうで関係が続きそうには見えなかったけど……。
「まったく、七海さんも大変だ」
「ん? ああ、そうだな……」
「こうやってまた、アンチが増えるんだろうね」
「……アンチ?」
大仰な言い方に、首を傾げる。
「七海さん……今の森下さんみたいな女子の反感を、よく買ってるんだよ」
「なっ……八つ当たりだろ、それ」
七海はのほほんとした顔でいたから、そんな事になっているなんて思いもしなかった。
「注意しておけば済む話だから、一応夕果に伝えておくよ」
「そうか……頼む」
それで大事にならないならいい。
興味本位で他人の告白を覗き見ようとするんじゃなかったな。
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